第3話 不運
「……あのさあ、これ、俺必要ある?」
「ちょっと待ってて狭間くん! 今大事な場面だから!」
「ちょっと待ってろアタル! もう少しで獲れそうなんだ!」
クレーンゲームの前で中の景品とにらめっこする二人を見て溜息を吐く。
あの後三人でゲーセンへとやってきたはいいが、俺が最近ハマってるキャラクターのぬいぐるみに目を取られたのが最後だった。
紙原さんは「絶対に私が獲る!」と譲らず、紙原さんにいい所を見せたいダイスケも「いや、俺が獲る!」と譲らず、俺のことなどそっちのけでクレーンゲームと勝負を始めてしまったのだ。
10人中10人が『美男美女の組み合わせだ』と答える二人が一緒にクレーンゲームをしている姿を後ろから眺める俺。完全に邪魔者だ。周りから「あの人、荷物持ちかしら」なんて声が聞こえてくるようだ。
「……俺、トイレ行ってくるわ」
いたたまれなくなった俺は二人にそう告げると、フロアの端っこにあるトイレへと足を進めた。
別に本当にトイレへ行きたかったわけじゃない。だからなるべくゆっくり歩いてトイレを目指す。少しでも時間をつぶさないと、あの場には居づらい。
俺たちの学校のそばに遊ぶ場所と言えば、このショッピングモールくらいしかない。そのためか、モール内には同年代であろう制服姿の学生がちらほら見えた。
その中にはもちろんカップルの姿もある。
……恋人か。
俺だって彼女がほしくないわけじゃないし、そういう相手がいる人を見ると少し羨ましい気持ちになる。
もしも……もしも俺に彼女がいたら……
そこまで考えて、一瞬俺の隣に紙原さんを想像してしまった。慌ててその考えを振り払う。
彼女はほしい。でも紙原さんはだめだ。
せめて俺が本当に彼女のことを好きだと胸を張って言えるようにならなきゃ、そんなこと思うなんて失礼だ。ダイスケにも、紙原さんにも。
それに……俺なんかが紙原さんの隣にいても、釣り合うわけがない……。
ダイスケと二人並んでクレーンゲームに夢中になる紙原さんの姿を思い出す。
なんとなく、心の奥がモヤモヤした。
「……っ、あ、すみません」
そんなことを考えながら歩いていたせいか、俺は前から歩いてきた人と少しだけ肩がぶつかってしまった。
慌てて謝罪をして、相手を見る。……そして自分の不運を呪った。
いかにも不良ですといった出で立ちの集団。制服を見るに、駅前にある高校の生徒だろう。なんだってこんなところにいるんだよ……。
関わらない方がいい。
そう判断して、足早に彼らの横を通り抜けようとする。が、その目論見は失敗に終わってしまった。
「おい、人にぶつかっといてそりゃねえだろ」
がっしりと掴まれた肩。痛い。
別に俺が堂々と真ん中を歩いていたわけじゃないし、広がってゾロゾロ歩いていたのはそっちだろう。
とは思うものの、もちろんそんなことを口にできるわけがない。
俺にできるのは、ただひたすら警備員さんでも誰でもいいから助けてくれることを祈ることだけだ。
「ちょっとツラ貸せや」
生きてきてそのセリフを本当に言われる日が来るとは思わなかった。
まるで漫画の世界みたいな出来事が自分に起きているなんて、ちょっと貴重な経験かもしれない。
ああ……今日は本当についてない。
「その手、放してくれる?」
もうなにもかもを諦めようとしたその時、掴まれていた肩が解放される。
顔を上げれば、いつも学校で目にする制服と、もう見慣れてしまった黒髪のポニーテール。
「紙原さん……?」
突然の展開に驚いた俺は、目の前の彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
「アタル! 大丈夫か!? 今警備員さん呼んだからな!」
それからもう一つ、少し遅れて俺の前に現れる影。
「ダイスケ……どうして……」
親友の登場に不安と恐怖から一気に解放された俺は、気の抜けた声をダイスケに投げかけた。
「お前がなかなか帰ってこねえから、心配して探してたんだよ。大丈夫か? なんかされなかったか?」
「俺は大丈夫……。……っ、それより紙原さん! 危ないから逃げて!」
俺なんかを庇って彼女が傷つけられでもしたら、謝るくらいじゃ済まない。
俺は男だ。多少のケガくらいどうってことない。でも紙原さんは……!
「私の狭間くんになにするの……? 私でも狭間くんに触れないのに、どうしてあなたが触ってるの……?」
「…………は?」
思わず素っ頓狂な声が出る。今のは聞き間違いだろうか。
ギリギリ、ギシギシとなにかの音が鳴っている。
耳を澄ませば、それは紙原さんの掴んでいる男の手首から発されていた。
「いっ……! 放せよ!」
「なに言ってるの? 放すわけないでしょ?」
「痛え!」
紙原さんがさらに手に力を込めたらしい、男が叫び声をあげる。
紙原さんに捕まっている男がリーダー格なのか、それとも紙原さんの気迫に気圧されているのか、他の不良たちもなにもできないまま狼狽えている。
「だ、ダイスケ……、あれって……?」
「……あのな、アタル。サヨはな、怒るとすっげー怖えんだよ」
紙原さんに圧倒されている不良たちを見てなにかを思い出したのか、真っ青な顔をしたダイスケが呟くようにそう言った。
「ほら、警備員さんが来たわよ。狭間くんになにをしようとしてたのか、事細かく話してもらうからね」
底冷えするような紙原さんの声音。俺に向けられた言葉じゃないのに、思わず背筋が凍った。
紙原さんだけは怒らせないようにしよう……。