第2話 約束
「狭間くん! 今日の帰り、カフェでお茶しない?」
「アタル! 今日帰りにゲーセン遊び行かねえ?」
「今私が狭間くんを誘ってるんだから、ダイちゃんは横入りしないでよ!」
「残念だったな。男同士でしかできない話があるんだよ!」
「そうやって狭間くんのこと独り占めしようとする! 今まで散々独り占めしたんだから、私に譲ってよ!」
「やなこった!」
今日も目の前では、ダイスケと紙原さんの不毛な争いが繰り広げられている。
会話だけならダイスケと紙原さんが俺を取り合ってるように聞こえるが、実際のところそうではない。ダイスケは俺が紙原さんと二人きりにならないように必死なのだ。
あの日……始業式以降始まってしまった奇妙な三角関係。
ダイスケは紙原さんが好きで、紙原さんは(どうしてだか理由は不明だが)俺が好きで、俺はダイスケの親友だからダイスケを裏切りたくない。
幸いなのは、ダイスケが俺に対して負の感情を抱かなかったことだろう。
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「俺がお前を恨む!? 俺、そこまで性格悪くねえよ!」
ダイスケがそう言ったのは、始業式を終えてすぐのことだった。
俺の顔色が悪いと心配してくれたダイスケに「俺のこと恨むよな……?」と恐る恐る尋ねれば、返ってきたのが先の言葉だった。
その時俺は決めたのだ。俺は絶対にダイスケと紙原さんを結ばせると。
だからその旨をそっくりそのままダイスケに伝えれば、ダイスケはそこで初めて俺に不快感を露わにした。
「アタルの気持ちは嬉しいけど、それじゃサヨが幸せにならねえよ。俺はサヨに幸せであってほしい」
「ダイスケ……」
つくづく思う。
こんなにも男前な幼馴染がいて、どうして紙原さんは俺みたいな男を好きになったんだろう。
ダイスケを好きになれば、紙原さんは絶対幸せになれると思うのに……。
「あのな、アタル」
「ん?」
そんな考えに耽っていると、ダイスケが俺の名前を呼んだ。
その真面目なトーンにダイスケを見れば、ダイスケもまた真剣な表情で俺を見ていた。
「お前がサヨのことを好きなら、俺は全力で祝福する。でももしそうじゃねえなら……」
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「全力で邪魔するからな」
そう宣言した通り、ダイスケは紙原さんと俺の接触をことごとく邪魔してくる。
邪魔というと聞こえが悪いが、実際のところダイスケのその行動に俺は助けられていた。
毎日毎日紙原さんに告白をされていて思ったが、彼女はまさに"猪突猛進"という言葉が似合うような女性で、一心不乱かつドストレートに好意を伝えてくる。
加えてあの美貌……。
ダイスケには悪いが、正直な話何度か首を縦に振ろうと思ってしまったことがある。
その度に思い出すのは、ダイスケとの友情。
果たして俺は本当に紙原さんが好きなのか。
紙原さんみたいな人が俺を好きだなんて言ってくれるから自分も好きになったような錯覚に陥ってるだけなのではないか。
そんな曖昧な気持ちでダイスケとの友情を切り捨てていいのか。
そう自分に言い聞かせては首を横に振る。
だから紙原さんとの接触をダイスケに遮られることは、俺にとっても渡りに船だった。
「ごめん、紙原さん。今日もダイスケと一緒に帰るから……」
毎日毎日俺を誘ってくれる紙原さんを、毎日毎日ダイスケを理由に断り続ける。
少し申し訳ない気もするが、俺は恋愛よりも友情を大事にしたいんだ。
「……私、迷惑かな?」
「えっ……」
普段なら「またダイちゃんばっかり!」と不貞腐れる紙原さんが、いつもと違うセリフを口にした。それに驚いて、なるべく見ないようにしていた彼女の顔を見てしまう。
「私、狭間くんを好きでいたら迷惑……?」
ほんの少し涙目になった紙原さんが、必死に笑顔を作りながらそう聞いてくる。
こんな美少女にこんなことを言われて落ちない男がどこにいる!?
俺は自分で自分を褒めてやりたい。多分修行僧と同じくらい煩悩と闘ってる。
「そんなわけないだろ! な、アタル!?」
俺が一生懸命どう返事をするか言葉を探していると、何故かダイスケが俺の代わりにそう答えた。
「サヨが可哀想だからそんなわけないって言え」
「ええ……」
小声で告げられたダイスケの言葉に、さっきまで脳内で繰り広げられていた煩悩との闘いが急激に冷めていく。お前、それでいいのかよ……。
「そ……そんなわけないよ」
「本当に……? よかったあ……」
少し棒読みになってしまった俺の言葉を疑うことなく、紙原さんは安堵の溜息を漏らした。途端に広がる満面の笑み。クソ……かわいい。
「ならさ、今日はサヨとアタルと俺の三人で遊ぼうぜ! サヨもアタルもそれならいいだろ?」
「私は狭間くんと一緒ならなんでもいいよ!」
ダイスケと紙原さんの二人から、期待の眼差しで見つめられる。
俺はこの提案を断れるほど、強靭な精神を持ち合わせてなんかいなかった。