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第1話 告白

「好きです! 結婚してください!」

「ごめんなさい! 無理!」



 俺の学校生活は、今日もこの会話から始まる。

 "今日も"ということは、お察しの通り昨日も一昨日も俺の学校生活はこの会話から始まったし、明日も明後日も同じ会話から一日が始まるだろう。


 日常と化したその会話に、クラスメイトは最早なんの関心も示さない。

 最初こそ、学内でも人気と名高い紙原小夜かみはらさよが、平々凡々という言葉しか似合わない俺に告白をしたことで、「ほら、あの人……」だとか「なんでアイツが……」だとかの声を背中に受けることがあった。

 だが、人の噂も七十五日とはよく言ったものだ。75日と経たず、学校内の関心は他の出来事へ推移していった。

 現にクラスメイトのみんなはこちらを一瞥すらしないし、それ以前に告白だかプロポーズだかを申し入れた張本人である紙原小夜ですら、「いやー今日もだめだったかー」だなんて笑っている。慣れとは怖いものだ。




 そもそも何故、こんなことになったのか。話は今年の四月……始業式まで遡る。





 ─────────────────────────





 7つ並んだ掲示板に張り出されたクラスの名簿。その中から俺は自分の名前を探していた。



「アタル! 俺たち同じクラスだぜ!」



 なかなか見つからない自分の名前にもう少し掲示板へ近寄ろうとした直後、かけられた声。振り向けば、そこには俺の唯一の親友とも呼べる三石大輔みついしだいすけの姿があった。



「ほら、5組のとこ! あるだろ? 狭間中はざまあたるって」

「あ、ほんとだ」



 ダイスケの言葉に左から5つ目の掲示板を見れば、真ん中あたりの場所に"狭間 中"と書かれていた。その少し下には"三石 大輔"の記載もある。高校最後の一年、どんなクラスになるのかと少し心配していたが、ダイスケが一緒なら心強い。



「お前5組なの!? 紙原さんと一緒とかずるいじゃねえか!」

「いいだろー!? 紙原さんと一緒のクラスになれるようにお参り行った甲斐があったわ!」

「くっそー! 俺も連れてけよ!」



 そんな安堵の息を漏らす俺の耳に入ってきた会話。

 この学校で紙原と聞いて知らない人は多分いないだろう。

 成績優秀、容姿端麗、人徳もあり、非の打ちどころがないような才女。

 そんな彼女と同じクラスになりたいと願わない男子生徒は、おそらく存在しない。俺を除いて、の話だが。


 俺には彼女と関わらない……いや、関わりたくない事情があった。

 その事情とは単純明快、俺の親友が彼女を好きだからだ。


 俺の親友であるダイスケは、スポーツ万能でリーダーシップもあり、紙原小夜に負けず劣らずの人気者だった。

 そしてその二人が幼馴染だというのだから、これはもう運命以外の何物でもない。


 ダイスケは俺の親友だ。だから俺はダイスケの恋が成就することを願っている。

 それなのに万が一にでも俺が紙原小夜と関わりを持って、万が一にでも俺が紙原小夜を好きにでもなってしまったら、ダイスケに申し訳が立たなくなる。

 だから俺はこのまま紙原小夜と関わりを持つことなくこの学校を卒業したかったのに……。そううまくはいかないらしい。

 こんな不満を漏らせば、5組になれなかった生徒たちから顰蹙を買うだろう。溜息を喉の奥に押し込んで、ダイスケに向き直る。



「ダイスケ、よかったな。紙原さんと一緒でさ」

「まあ……家が隣だからクラス一緒じゃなくてもいいんだけどな」

「でもさー、学校でしかできないイベントとかもあるだろ? 学祭とか……」

「学祭か……。それもそうだな」

「それよりダイスケ、紙原さんに告白しないの?」

「言っても家族としての好きにしか受け取られねえんだって。一回マジトーンで言ったら動揺して避けられまくったし、今んとこ完全に脈ナシ」

「あー……。近すぎて異性に見られないってやつ?」

「それそれ。まあ、今すぐサヨとどうこうなりてえとは思ってねえからいいんだけど」

「俺は応援してるからな!」

「アタル……。お前、ほんっといいやつだよなあ……。ずっと俺の親友でいてくれよ……」

「当たり前だろー? 俺の親友はダイスケだけだって」



「ダイちゃーん! クラス一緒だってー!」



 そんな軽口を叩き合う俺たちの間に飛び込んでくる影。

 そよ風と共に甘い香りが鼻腔を通り抜ける。



「サヨ! 危ねえから急に抱き着くなっつったろうが!」

「ごめんごめん。嬉しくなっちゃって」



 照れた笑いを浮かべながら、まるでコアラのごとくしがみついた紙原小夜がダイスケから離れる。


 紙原小夜との距離が近い。

 こんなにも間近で紙原小夜を見たのは初めてだった。

 白い肌に、艶のある黒い髪。長いまつげに大きな瞳。女性の美醜に疎い俺でも、彼女は美人だと一目でわかる。



「あ、もしかしてお友達と一緒だった?」

「前に話したろ? 俺の親友の狭間アタル」

「ああ! あの狭間くん! お噂はかねがね……」



 俺に振り向いた紙原小夜と目が合う。

 ほんの一瞬、心臓が縮まるような感覚。



 なにをバカなことをと、その感覚を払いのけようとした直後、俺は彼女の言葉に耳を疑った。



「……一目惚れしました」

「……え?」

「一目惚れしました! 私と付き合……、いや、結婚してください!」



 一斉に俺へ向けられる周囲の目。

 そしてなにより、ダイスケの目。

 俺はあの瞬間を、あの目を、多分一生忘れることが無い。……というか今でも夢に見る。


 四月、新学期。

 穏やかで平和な一年になると思っていた俺の高校生活は、波乱で幕を開けるのだった。




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