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3.図書館と不思議な人



 視界に広がる本の群れを見て、リルカはほう、と恍惚の溜息をついた。横からユハに若干呆れた視線を向けられているが、気にならない。本好きの思い描く至高の楽園に勝るとも劣らない場所を訪れた感動がリルカを満たしていた。


 『魔術学院』の図書館は円形をした建物で、どうやら階ごとに書物の分類をしているようだった。案内板には一階から三階が魔術関連本、四階からがそれ以外の本、地下に閉架書庫があると書かれていた。


「ここにあるのはすべて本の形をしたものなの?」

「巻物とか石板はないのかってこと? 閉架書庫にあるらしいよ。僕は借りたことはないけど。手続きがすごく煩雑らしいし、必要になるのはもっと上の学年だから」


 ユハの言葉に胸を高鳴らせる。本の形をしたものももちろん好きだが、リルカはそうなる前の書物も好きだった。というか馴染みがあった。前世では石板が通常だったので。


「『古き神』にまつわる本はあるかしら……宗教……土着伝承の方かしら? どちらにせよ四階ね。行ってみましょう、ユハ」

「ぶれないね、リルカは。一応僕は、魔術学院に君を誘うために連れてきたんだってことを忘れないでほしいんだけど」

「忘れてはいないわ。『古き神』に関する書物を確認したら、魔術書も見てみたいし……本格的な魔術が記された本は市井に出回っていないもの。興味があるわ」

「……まあ、いいよ。四階だね。魔導昇降機で行こう。こっちだよ」


 なんだかんだとリルカの要望を汲み取って、親切に案内してくれるユハに感謝しつつ、その後をついていく。と、本を閲覧するための区画に座っていた人がふと顔を上げ、リルカに微笑みかけた。リルカも反射で微笑みを返す。


(綺麗な人だわ……。でもあの耳飾り、どこかで……)


 美しい人だった。男なのか女なのか、一見しただけではわからない容貌で、銀の髪をゆるく結って、肩に流している。その左耳に装飾の施された板状の耳飾りが光っていて、それがリルカの心に残った。どこかで見たような気がするけれど思い出せない。


「リルカ?」


 考えるうちに歩みが少し遅れてしまっていたらしい。離れてしまったユハが怪訝そうにリルカを呼ぶのに、慌てて足早に駆け寄る。魔導昇降機で上階へ向かいながら仕組みを聞くうちに、胸にひっかかった疑問についてはどこかへ消えていた。



「ああ……! 神々についての書物がこんなに! こっちには挿絵まで……これは逸話を集めたものね! ああ、懐かしい……」

「懐かしい?」

「ねえ、ユハ。これって外部者は借りられないのよね。ここで読んでしまってもいいかしら」

「ダメって言ってもここから離れなさそうだからね……。いいけど、三冊までだよ。昼からはちゃんと見学させるから」

「三冊も⁉ ありがとう、ユハ! あなたって、本当にいい幼馴染だわ!」

「だから、その笑顔はもっと別のところで向けてほしいところなんだけど……。あ、分厚いのをじっくり隅々まで読むなら一冊にして。リルカは読むの速い方だけど、さすがに僕もそこまで付き合って待てないから」

「……とても残念だけど、わかったわ。これとこれと、……これはさっと読むだけにする」

「そうも消沈されると良心が疼くな……」

「じゃあ、じっくり読んでもいい?」

「ダメ」


 そんなやりとりを経て、リルカは神々について書かれた文献を読み始めた。ちなみに会話はきちんと小声で行っている。

 ユハも何冊か本をとってきて、リルカの横で読むことにしたらしかった。気配を感じつつ、リルカはまず一冊目に目を通す。


 一冊目に選んだのは、挿絵つきで各地で祀られる神々についてをまとめた書物だった。

 置いてある中で一番新しそうなものがこれだったのだ。挿絵に色もついており、目にも楽しい。


(ええと、【死と輪廻の神ローディス】様についての記述は……、これだけしかないの……)


 挿絵を含めてもページの片面のみだ。権能については書かれているが、逸話については省略されている。リルカはあまりの扱いに悲しくなった。


(新しい書物のようだから、三千年の間に生まれた新しい神々についてが多いのね……。【癒しの神ユースリスティ】様については……ああ、よかった。見開きでページがとってあるわ)


 【癒しの神ユースリスティ】――リルカが副神として拝神している神である。

 拝神というのは、三千年前には当たり前だった神への信仰の形態である。主神のみ拝神する・主神と副神を拝神する、という形で、最大でも二神しか拝神することはできない。他の神も信仰するだけならできるのだが、魔力を奉納し、その代わりに神術や加護を賜れるのは二神のみなのだ。


(ユースリスティ様は人前にお姿をよくあらわすお方だったから、挿絵も似ている気がするわ……きちんと伝承されてはいるのね)


 【死と輪廻の神ローディス】の方の挿絵は、別の意味で悲しくなるくらいに似ていなかった。やはり死にまつわる神として、恐ろしい印象を抱かれてしまうのだろう、実際の穏やかな彼の神の姿を知っているとそのかけ離れっぷりに抗議したくなる程度には恐ろしげな、それでいて陰気な容貌にされていた。しかも扱いが小さい。


 他のページにも目を通す。知っている神――前世で広く信仰されていた神も、前世のときにはいなかった神もいた。


(この新しい神々は、実際に『在られる』神なのかしら……)


 ぼんやりと考える。

 三千年前は神々が人間界に降りることもあったし、人が神界に召し上げられることもあった。それくらい当たり前に神々は『在った』。人々に近しかった。

 けれど今世は、神というのは『信じる』ものだ。一部の、神子と呼ばれる特別な存在には神々のお言葉が聞こえるというが、一般の人々には神の存在は身近ではない。故に信仰も薄いし、もはや拝神という行為も廃れていた。

 今世、そのことを知った時は、三千年前とのあまりの違いに驚いた。三千年前は、拝神しないなんてことは考えられなかった。誰もが一定の年齢までには拝神する神を決め、魔力を捧げて神術を賜ったものだった。


(環境の違いも、あるのかもしれないけれど……)


 三千年前は、国と国とが争う戦乱の時代だった。だからこそ神術が必要だった。拝神すれば誰であっても手に入れられる、強力な力が。

 かくいうリルカ――前世ではアイシアという名だった――も、【癒しの神ユースリスティ】を主神として拝神し、癒しの能力を得て、前線の兵士たちを癒す役に従事していた。

 その頃は【癒しの神ユースリスティ】を主神としている場合は、戦争などへの召集義務が課せられていたのだ。――たとえそうでなくとも、戦争で家族を亡くした自分は、渦中へと身を投じていただろうと思うけれど。


(その中で……出会ってしまったのよね)


 できれば忘れていたい思い出が蘇って、慌ててリルカは脳内から思考を払った。

 転生したリルカにはもう遠い話だ。あえて思い出す必要もない。

 リルカは二冊目の本に手を伸ばし、それに没頭することにしたのだった。



* * *



「リルカ、行くよ」

「あっ待ってユハ、このページ、このページだけ……」

「さっきもそう言って一ページ読んだだろ。もうダメ」


 ひょい、と手の中の本を取り上げられて、リルカは悲嘆にくれた。

 すごくいいところだったのだ。さっと読むつもりだったのに、初めて知る神の逸話が面白くて夢中になって読んでしまった。……ゆえに、ユハに本を取り上げられる羽目になったのだが。


「そんなもの欲しそうな顔しない。……この章の区切りまでだったら、許可もらって写本してあげるから」

「えっ……いいの⁉」

「その代わり、ちゃんと見学して行って。気もそぞろにされたんじゃ意味がない」


 リルカは飛び上がって喜びたくなった。ユハは本当に優しい。


「ありがとう、ユハ!」

「……。うん、どういたしまして。さ、行くよ。休憩時間だから講義棟に入れる」

「あ、でも魔術書は?」

「魔術『書』が見たいのはリルカであって、僕は普通にリルカを見学させたい。よさそうなのがあれば聴講してほしいと思ってるし」


 そう言われてしまうと、魔術書は諦めざるを得ない。確かに『魔術学院』に来て、図書館にこもっていてはあまり意味がないだろう。一応これは、勧誘のための見学なわけなので。

 元来た道を戻って、講義棟に向かう。リルカに微笑みかけた美しい人は、もう見た場所にはいなかった。


(あの耳飾り、もう一度見たかったんだけど……)


 いないものは仕方ないので、リルカは大人しくユハの後についていった。

 そうして辿り着いた講義棟で、ユハはまずリルカを講義室の一つに案内した。講義の後、そのまま休憩に入ったらしき生徒がちらほらいる。


「ここが学院の中で一番広い講義室。魔術学の中でも学ぶ人が多い講義の時に使われる」

「ここが一番広いの? なんていうか、ちょっと、……小さくないかしら」


 小さい、と言っても五十人程度は入れそうな講義室である。しかし、『魔術学院』そのものの規模からすると小さく感じる。


「多すぎると全体が把握しにくくなるから、上限を設けてるんだって聞いた。簡単な魔術だったらこの講義室で魔術を発動させることもあるし。四大属性の授業で使われることが多いみたいだね」


 四大属性とは『火』『水』『風』『土』の四つの属性を指す。人々が最も扱いやすい――誰でもどれかの属性には適性があるとされるのがこの四つなのだ。ちなみにユハは全属性に適性があるうえに、他にも適性のある属性を複数持つ。

 四属性すべてに適性があるのは希少とまではいかないが珍しくはあり、全属性を扱えるということはすなわち才能があるということである。それ以上の適性があるとなれば言わずもがな。


「ユハもここで講義を受けたことがあるの?」

「あるよ。最初の一ヶ月だけだけど。そこからは四大属性は中級魔術にうつったから、人数が減ってここは使わなくなった。だから入るのは久しぶり」


 魔術は基本、難易度と規模で初級・中級・上級に分けられる。魔術学院に通わない人々が教わることができるのは初級だけで、中級以降は魔術学院で学ばなければ扱えない。

 入学までに扱えるようになっている魔術も人それぞれなので、最初はみんなおさらいを兼ねて初級魔術の講義を受けることになるのだ、とユハが以前言っていたのを思い出す。

 ユハはそれを一ヶ月で終えたということで――本人は言わないが、恐らくは早い方、つまり優秀なのではないだろうか。


「僕がよく使う講義室はこっち。――今日は何の講義やってるんだったかな……」

「――次の時間にそっちの講義室でやるのは、『神々と〈器〉』だよ」


 唐突にかけられた声に、ユハと目を見合わせてから振り返る。

 ユハがそのように反応したということは、知り合いではないのだろう。そう考えながら、声をかけてきた人物を観察する。


 灰色の髪と薄紅色の瞳の、これもまた中性的な美しい人だった。

 線の細い男性のようにも見えるし、背の高い女性のようにも思える。美しい造作で目の保養ではあったが、どこか印象の薄い感じを受けた。「ああ、綺麗な人だったな」と思って別れた瞬間から、その印象がぼやけていきそうな。


「……どなたですか?」


 ユハが、少しばかり緊張した声で問いかける。声をかけてきた人は、からからと笑った。


「ただの通りすがりだよ。知り合いがその講義の担当なんだ」

「その……『神々と〈器〉』という?」

「そう。『古き神』と、その信仰者に現れるっていう『器』についての特別講義だよ。この国では『古き神』を知る人も、信仰する人も少ないから、面白いと感じるかは保証しないけど」


 「『古き神』に関する話が面白くないわけありません!」と言いたい気持ちを、リルカはぐっとこらえた。この人は現世での大勢の価値観にのっとってそう言ったのであって、『古き神』を腐しているわけではない、と自分に言い聞かせる。


「見たところ、そっちの子は見学者――入学候補者だろう? もっと向いた講義が他にあるかもね」


 その人の言葉に、ユハは少し考え込んだようだった。それから、リルカに向き直って訊ねてくる。


「リルカはその講義、聴いてみたい?」


 おそらくユハは、ただの魔術の講義ではリルカの考えを変えるに足りないと思い、少しでもリルカの興味のありそうな分野の講義があるならばと考え、けれど現役で『古き神』に信仰しているリルカには今更の内容の可能性もある、と思考を回して訊ねてくれたようだった。

 長年の付き合いでそこまで読み取ったリルカは思案する。


(確かに、私には()()()()からの知識があるから、それを上回る話は出てこないかもしれないけど……この魔術学院で為される『古き神』の講義って、どの程度なのかは気になるかも)


 そうして、「聴いてみたいわ」と答えたリルカは、講義について教えてくれた人物が、いつの間にか去っていた事に気付いた。


(不思議な方だったわ……)


 ユハも「何だったんだ、あの人」と言いたげな顔をしていたが、講義が始まってしまうから、と急いで件の講義室に案内してくれたのだった。




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