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17.話し合い



 「オハナシアイする? じゃあぼくが空間作ってあげるよ」――そう言ったティル=リルによって作り出されたのは、ところどころ前世を思い出させる意匠が散らばる広い部屋だった。

 目を瞬いたらその部屋の椅子に全員座った状態だったので、何がどうなっているか考えるのはやめた。

「ここはぼくが作った空間ではあるけど、神界ではないから、食べたり飲んだりしても異界のものを摂取したことにはならないよ」とのことで、それぞれの前にはおいしそうな茶菓子と、香り高いお茶が置いてある。

 躊躇なくそれを口にしたのは、当然ティル=リル、そしてローディスだった。


「ティル=リルはこう言っているが、不安だろう。神の出したものだからといって手をつけなければ不敬だと言うつもりはないし、好きにするといい」

「……ありがとうございます、ローディス様。ティル=リル様も」

「まあぼくはせっかく用意したんだし、手をつけてくれた方がうれしいけどね。手間とかはかかってはないけど」

「私はいただきます。……ユハは無理しなくていいからね」


 ティル=リルが魔術も使わず空間を作り出したことで、彼らが神だと――少なくとも人間ではないと判断したのか、固い表情をしているユハに声をかける。

 口に運んだお茶はすっきりとした甘みで、今世でも前世でも飲んだことのない味だったが、いつかヴィシャスの宮で口にした葡萄のような、この世のものでない極上の味を感じるということはなかったので、こっそりほっとする。――この心の動きも、神々にはバレバレなのだろうとは思いつつ。


 リルカがお茶を嚥下したのを見て、ユハもお茶に手を伸ばした。何か気負うような様子で一気にお茶を流し込んだユハに心配になる。


(本当に、無理はしなくてもよかったのに……)


 ともかくも、ユハにとってはわからないことだらけの状態なので、不必要なほどに警戒してしまうのはわかる。リルカはさっさと事情を話すことにした。


 三千年前に『アイシア』という名前で生きていたこと、戦場でヴィシャスが〈器〉へ降臨する場面に立ち会ったこと、そうしてヴィシャスに「妻になれ」と神界へと連れて行かれたこと。

 それを承服できなくてヴィシャスの宮から逃げ出したこと、その先でティル=リルに出会ったこと、ユースリスティやローディスの助力を受けて輪廻の輪に逃げ込めたけれど、だからこそリルカには三千年前の記憶があること。

 そういったエセルナートへ話した内容に加えて、現世でティル=リルと度々顔を合わせていたことも話した。エセルナートと出会ったその日に、ローディスと会話したことも。


「……もう、驚くところがありすぎて何を言えばいいかもわからないんだけど……それで隠していたことは全部?」

「た、たぶん……?」

「なんで曖昧なの」

「だって、今まで言わなくても問題なかったから言わなかったことなのよ。隠しているつもりがあったわけじゃないんだもの。ユハだって、今まであったこと全部を教えろっていう意味で言ってるんじゃないでしょう?」

「そうだね、あくまで神との関わりをはじめとした、僕に言ってなかったことを教えて欲しいだけだよ」

「その求めている程度がよくわからないんだけど……」


 前世含む神との関わりは大体話したかと思うが、これは今は関係ないよね、と無意識に話さなくてもいいと判断した事柄がないとは限らない。


「……まあ、いいよ。今ここにいる二神と、英雄神との関わりはわかったから、これ以上は求めない。……こんな大きな隠し事されてたのに腹が立ったっていうのも、僕の勝手だしね」

「……ユハ?」

「そちらの話は終わったか?」


 リルカとユハが話すのを悠然と眺めていたローディスが、話の切れ目を感じたのか訊ねてくる。

 答えかねてユハを見やれば、「とりあえず、僕の方はもういいよ」と告げられた。


 リルカとユハの話し合いを面白い見世物を見るように見ていたティル=リルが、椅子から乗り出してリルカの頬を両手で包んでくる。


「うっわー。やっぱ変な魔力。新しく生み出される分はいつものきみの魔力みたいだけど、体の中で別の魔力と混ざってる?」


 どうやら神々は人の身に触れることでその人の魔力を詳しく調べることができるらしい、と、ローディスとティル=リルの言動から推測していると。


「どうでもいいけど、二神ともリルカにべたべた触りすぎじゃない?」

「ユハ?」

「リルカも無防備に触らせすぎ。リルカの警戒心のなさは神に対してもだったなんて……。リルカ。その二神だって、英雄神と同じ神なんだよ?」


 一瞬、ユハが何を言いたいのかわからなかった。けれど一拍の後にその言葉の意図を読み取って、リルカはびっくりしてしまった。


(ローディス様やティル=リル様が私を神界に召し上げるかもって心配しているの……⁉)


 そんなことまったく考えたこともなく、頭の片隅にすらなかったので驚くほかない。

 思わず絶句していると、ティル=リルが笑みを深めた――【戯神】らしい方向に。


「なるほどねぇ。――きみは心配しているわけだ。ぼくたちにこの子がたぶらかされないか」

「率直に言えば、そうだね」

「ユハ、神々にその態度は……」

「いいよ、『リルカ』。人の子の態度にどうこう言ったりしないよ。そんな小さな器の神だと思われてたのなら心外だなぁ」

「そういうふうに思ったわけではなくて……。私が大切に思う人に、私が大切に思い、敬う方々をそういうふうに扱ってほしくないだけです」

「……きみって本当……」

「……リルカ……」


 何故かティル=リルからはいいこいいこするように頭を撫でられて、ユハからは何かを諦めたかのような視線を向けられた。

 理由がわからなくておろおろと視線をさまよわせると、茶菓子をゆっくりと味わっていたらしいローディスと目が合った。


「……食べるか?」


 宝石を埋め込んだような美しい焼き菓子を差し出されて、つい受け取る。とてもおいしそうだが、なんというか今じゃない気がする。


「ローディスは本当、マイペース(のんびり屋)っていうか、ズレてるよね。それで貧乏くじ引いたりもしてるのに、変わらないなぁ」

「神の性質が変わるなんてことが起こるはずがないだろう」

「まあ、そうなんだけど。――で、『リルカ』。その魔力、何がどうしてそうなったの?」


 訊ねられて、ユハが提案し実行した、魔力を『混ぜる』魔術について話す。できるだけ最中の感覚については思い出さないようにしつつ。


「魔力を『混ぜる』魔術……人間はそんなものまで作ったのか」

「っていうか『混ぜる』ことだけを目的にした魔術って何? 何の使いどころがあるの? まさか拝神した神から逃れようって人間が生み出したわけでもなし」

「……やはりこの魔術で『混ざった』魔力だと、神からの認識を攪乱できるのですか?」


 なんとなく、ユハから聞いた双子の話をすると、あの感覚のことまで神々にバレてしまう気がして、ティル=リルの言葉を捉えて訊ねる。

 ティル=リルは頷いた。


「言ったでしょ、きみが『辿れなく』なったって。ぼくときみは拝神でつながってるわけじゃないから、魂と質を同じくする魔力で存在を辿ってるんだけど、その魔力が変質したから、ぼくからしたらきみが行方不明になったのと同じ状態になったわけ」

「私とは拝神でつながっていて、さらに貴女が魔力を捧げてきた。だから貴女の魔力の変質がわかったし、貴女を辿れはしたが……」


 言って、今度はローディスがリルカの頬を片手で包む。

 リルカはちょっとユハがどう反応するかドキドキしたが、ユハは少し眉間にしわを寄せただけで黙っていた。


「先ほど捧げられた魔力と、今貴女の内にある魔力はまた少し違う。混ざっている魔力の量の違いだろう。先ほどは魔力を捧げられたつながりを辿って貴女の元へ降りられたが、貴女の魂――魔力の質で単純に辿るのはしばらくは無理だろうな」

「それは……ヴィシャス様も?」

「ヴィシャスの場合は特にだね。そもそも、魔力が混ざってなくても、またきみがうっかりをしない限り、きみの元に直接降りてくることはできないと思うよ。つながりが希薄すぎる。〈器〉がきみの近くにいて、その場できみがヴィシャスの神印を描きかけたからこそ、辿れたようなものだったんだよ、今日のは」

「……そっちで辿れなくても、『神がここにいる』ことで辿られることは?」


 ユハの問いに、ローディスがゆるりと目を瞬いた。


「鋭いな。もちろんその危険性はある。あるから、私は神力を極力身の内に納めて降臨したし――」

「今こうやって、ぼくの作った空間で話すようにしたわけ。――きみの懸念くらい、ぼくたちが考えつかないと思う?」


 どこか煽るようなティル=リルの言葉にはらはらするが、ユハは二人の返答を聞いて小さくため息をついただけだった。


「……それならいい。神にリルカがこれ以上振り回されないなら」

「ユハ……」

「まあ、ローディスがちょっと条件ぶっちぎって降りたことで、他の神が『リルカ』に興味持っちゃう可能性はあるから、あくまでヴィシャス関連は、って感じだけど」

「……疫病神?」

「ユハ!」


 不敬極まりないことをユハが口にしたので、さすがに強くたしなめる。

 ティル=リルは笑っていたが、ローディスは心なししょんぼりとした雰囲気になってしまった。


「それについては……本当にすまない……」

「いえ! 私を気にかけてくださってのことだとわかっていますから! ……でも、ティル=リル様は例外として、他の神々は厳しい条件がそろわないと降りられないとおっしゃっていましたけど、今回のローディス様のようにその条件をそろえずに降りることが可能なのですね」


 ティル=リルに聞いたときには、条件がそろわなければ絶対降りられないのかな? と思ったのだが、そうではないことはローディスの存在とティル=リルの言葉が証明している。


「そうなんだよねぇ。結局のところ、『できるだけこうしようね~』っていうのを決めはしたし、簡単に降りられないようにもしたけど、みんな神だから、無理を通そうと思えば通せちゃうんだよね。それでもまったく条件がそろってない状態で降りることはできないようになってるけど、ローディスの場合はいくつかの条件はそろってたから」

「なるほど……」

「ヴィシャスがきみのところに降りてくるっていうのは条件が一つもそろわないからそこは安心していいよ。〈器〉だった人の子のところに無理やり降りてくる可能性は……ちょっとわかんないけど」


 安心させたいのか不安にさせたいのかわからないティル=リルに、リルカは苦笑した。


(やはり完全にヴィシャス様から逃れるのは難しいということね……)


 そもそも、もうヴィシャスに見つかってしまったのだ。その状態で、神から人が逃れようだなんて無理があるのはわかっている。いつかは捕まってしまう――神界に召し上げられてしまうのだろう。

 けれどせめてそれまで、ローディスとユースリスティを拝神して暮らしてゆきたい――そう考えたところで、ローディスが気遣わしげにリルカを見やった。


「――貴女は私の信徒だ。貴女が望まないことを、他の神に無理強いさせたりはしない」

「……ローディス様、」

「貴女の望みは?」

「……ローディス様とユースリスティ様を拝神して生きることです」


 『平穏に暮らす』というのは、リルカの願う生活の絶対条件ではない。リルカは前世の恩を今世で返すと決めた。

 だから、ローディスとユースリスティに拝神して、魔力を捧げ続けられるのなら、それでいいのだった。


「欲がないなー。『平凡に生きて死ぬ』予定じゃなかったの?」

「そうできたらいいとは願っていますが、一番大事なのはそれではないので」

「――それだから、きみは、神を惹きつけるんだよねぇ」

「……え?」


 ティル=リルが、とてもとてもやさしい――慈愛に満ちた目でリルカを見る。


「たまーにいるんだよね、きみみたいな存在。■の世界(トコ)じゃ『愛し子』なんて呼ばれてたけど。……神がどうしようもなく、愛おしく、大切にしたいと感じる――そういう性質を持ってるんだよ、きみは」

「…………」


 言葉を失う。己がそんな大それた存在であるとは思えなかった。けれどローディスはティル=リルの言葉を肯定するように頷いている。


「まあ、神の性質によっては、その『大切』の仕方が違う。だからヴィシャスみたいな例も出るわけだけど」


 ヴィシャスは神の傲慢さが特に強いから困ったものだよね、といつもの笑顔で笑われて、やっとリルカは息をすることを思い出した。


「――つまり、リルカは神に好かれやすいってこと?」


 話を黙って聞いていたユハが、確認するように口にする。ティル=リルが頷いた。


「そういうこと。魂の質――転生しても変わらない人間としての性質が、神好みってことだね」

「…………」


 ユハが何事か考え込むように無言になった。

 リルカは自分のことを話されているという気がしなくて、それでも確かにリルカについて話しているのだとわかるから、なんだかむずむずした。


 と、ふいにティル=リルが宙に視線を向けた。


「――あ。」


 がしゃん、と何かが割れるのに似た音がして、――ティル=リルが見上げた空間が、()()()


「小癪なことをしてくれたな、ティル=リル、ローディス」


 そうして砕けた空間の欠片を払って現れたのは――【英雄神ヴィシャス】だった。





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