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14.『古き神』の研究者



「へーえ! 神子でもないのに神に見初められた人間に出逢えるなんて、なんて僥倖だろう! ありがとうエセルナート! やっぱりキミは()()()()ね! 最高だよ!」


 興奮も顕わにエセルナートを褒め称え、上機嫌でリルカの手を両手で握ってぶんぶんと上下に振るのは、件の『古き神』の研究者――セヴェリ=トゥーロだ。灰色の髪が動きとともに跳ね、薄紅色の瞳が楽しげに細められている。


 「おい、リルカ殿が困っているだろう」と淡々とたしなめるエセルナートに対して、リルカは目を白黒させるばかりだった。


(こ、こんな方だったなんて……。というか、あのときの……。講義を投げたご本人だったのね)


 エセルナートに呼ばれて現れたセヴェリ=トゥーロは、ユハに誘われて『魔術学院』を見学した日に、講義について教えてくれた人だった。

 セヴェリ=トゥーロは、性別と経歴以外謎の人物として知られていた。

 エセルナートから聞いた話だとフィールドワークも精力的にこなしていたようだが、少なくともこの都では年齢や外見、性格については聞こえてこなかった。ただ、美男らしいとは噂されていたが。

 『魔術学院』に席を置いているのだから、都の中だけでももっと情報が流れてきてもいいはずだが、不思議と聞くことはなかったのは、あのときリルカが感じた、なぜかすぐに仔細を忘れてしまいそうな感じのせいだろうか。


(美しい、けれど……いろいろと不詳な方だわ……)


 彼はどこか中性的で、そして年齢不詳の見た目をしていた。

 線の細い男性にも見えるし、背の高い女性にも見える。そして外見からまったく年齢が読めなかった。

 言動から若さを感じて見てみれば若いようにも思えるし、経歴からしてこれくらいの歳のはず……と思って見ればそのようにも思える。不思議な人だった。


「おっと、つい興奮しちゃった~。ごめんね、お嬢さん。まさか〈器〉に降りた神に見初められてしまう人間が出てくるなんて、今の世では考えもしなかったから~」

「い、いえ。私も他の神に拝神しているとはいえ、こんなことが起こるとは思っていなかったので、同じ気持ちです」


 ……そう、そういうことになったのだ。リルカはただ他の神に拝神していただけの一般人、エセルナートと偶然知り合い、都を案内する中で突然【英雄神ヴィシャス】がエセルナートに降りて、そこで見初められた、と。


 実際にヴィシャスが降りてきてしまったらバレる嘘だが、エセルナート曰く、一度退いたヴィシャスがすぐにまた降りてくることはないだろう、そういう感覚がある、とのことだったのでそれを信じたのだ。


「それで? お嬢さんは英雄神の伴侶にはなりたくないとか~?」

「はい。私は古き神々に敬意と信仰を持ってはいますが、伴侶になりたいとは思っていませんし、考えたこともありませんでしたので」

「まあ、古今東西神に見初められた人間はヒトから外れた存在になるものだしね~。そういうのが当たり前だった古代はともかく、今の世じゃ怖いよね正直」


 セヴェリがざっくりと核心をついてくる。大枠では間違ってないので、リルカも曖昧に頷く。


「それでひとまず、エセルナートが〈器〉の条件から外れちゃお~ってなったわけか。〈器〉の条件なんてもの知ってたなら、もっと早く教えてほしかったな~」

「思い出したのが、必要に駆られてからだったから、無理だ。それも、おそらくこれがそうだろう、という具合だから、試してみないことにはわからないしな」

「神の〈器〉の研究ができなくなるのは残念だけど、本人の意志なら仕方ないね~。まあこれも広義では〈器〉の研究だし? そもそも私は〈器〉だけを研究したいんでもないしね」


 にこにこと上機嫌に鼻歌を歌いながら、セヴェリは都の地図を広げた。


「この都にある『古き神』の神殿はこのあたりとこのあたりに固まってるよ~。ちょっと遠いけど、大丈夫。私は転移を使えるからね。すぐに連れてってあげられる。神殿そのものに転移はできないから、近くに、ということにはなるけど」

「個人で転移を……⁉」


 転移というのは、国が定めた転移陣と転移陣を移動することを言うのだと思っていたリルカが驚くと、セヴェリは得意そうに胸を張った。


「転移の魔術は私が作ったからね~。国の重要施設とかには直接転移できないように魔術を組んであるからダメだけど、大抵の場所には転移できるし、その許可をもらってる」

「もぎとった、の間違いじゃないのか?」

「制作者が好きに魔術使って何が悪いの? それに制約を受け入れたんだから好きに使えるくらいには便宜を図ってもらわないとね」


 魔術の天才――その異名は誇張でも何でもなかったらしい。

 転移の魔術が比較的最近にできたことは知っていたが、まさかセヴェリが制作者だったとは知らなかった。


「それで、エセルナートは何の神に新たに拝神するつもり~?」

「【雷霆神エルド】様がいいのではないかと思っている」

「へえ~。【雷霆神エルド】の加護と神術は、二神を拝神することで失われる英雄神の加護と神術を補えそうなの?」

「そこをお前に聞きたい。現在【雷霆神エルド】様に拝神している知り合いなんかはいないのか?」

「主神として拝神している人しか知らないから、どこまで参考になるかな~。今時二神を拝神している人、ほとんどいないから。その希少な例が目の前にいて、さらに増えようとしているわけだけど」


 にんまりと笑ったセヴェリに視線を向けられて、リルカは苦笑する。『新たな資料発見!』というのを隠そうともしないセヴェリを見ていると、なんだか逆に気が抜けてしまうのだ。


「一応古の文献を紐解くと、【英雄神ヴィシャス】と【雷霆神エルド】に同時に拝神していた例は出てくるよ~。だから、この組み合わせがダメ! ってことはないみたいだね。英雄神の加護と使える神術がどう変化するのか、副神として奉じる雷霆神がどれだけの加護と神術を与えてくれるのか……そこまでは書いてなかったからわからないな~」

「そうか」


 ……実際のところ、そのあたりについてはリルカの知っている情報をエセルナートに共有はしている。

 しかし三千年の間に変化があったかもしれないし、セヴェリに何も聞かないのも不自然なので、こういう次第になったのだった。


「まあ、同時に拝神した例があるという情報だけでもありがたい。まずい組み合わせではないということだろうしな」

「そうだね~。珍しいってほどではなかったみたいだから、戦闘力が落ちるってことはないんじゃないかな。エセルナートの戦闘の仕方にもよるけど。でも元々ミズハの国で『鬼神』とか呼ばれてたくらいだし、多少落ちたところで問題はなさそうだよね~」


 セヴェリの言葉にリルカは目を瞬いて、ついエセルナートを見た。エセルナートは少し恥ずかしげに首を振った。


「ミズハの国では『言霊信仰』があるから……戦場に立つ者に大仰な二つ名をつけるんだ」

「いや~、その二つ名に恥じない実力だと思うよ~。『魔物』――ミズハの国では『怪』だっけ? を一刀両断した手際にはしびれたな~」

「あれはそもそもお前が『研究のため!』とか言って危険区域に入り込むから……」

「その節はどうもどうも~」

「まったく反省してないな……」


 気安い会話を繰り広げる二人を見ながら、リルカはその中に出てきた、馴染みのない言葉に思いを馳せた。


(『魔物』……)


 『魔物』や『怪』と呼ばれるそれは、三千年前にはいなかった、人間を襲う正体不明のモノである。今世のリルカも出会ったことはない。

 ティル=リルに以前聞いたところでは、「人間界に神力が結構満ちてたあの頃は、『魔物』が発生する余地がなかったんだよね。でも今は神力が薄いから、ああいうのも出てくるんだよ。この世界の■■に元々いたものだからさ」とのことだったが、リルカは何度聞いても聞き取れなかった後半の方が気になってしまって、深く考えたことがなかった。


(特に、この都――リュリューは『魔物』と人間が遭遇しないように魔術が組まれているとのことだったし……)


 『魔物』は何もないところから突然に現れるものらしいが、その現れた魔物を感知して、一定の場所に飛ばす魔術が組まれている、だからこの都では魔物と遭遇する心配をしなくていいのだと、孤児院長から教えられていた。

 だからこそ、戦う者が滞在する理由がなくて、この都には剣士などが少ないのだ。都であるので国の騎士団は常駐しているのだが、リルカのような一般人の目に触れることはそうそうない。

 しかし、シャーディーンの他の地域や、他の国では『魔物』が発生するため、それを倒すことを生業にする者がいる。今世では人と人との戦乱が長く起こっていない代わりに、『魔物』との戦いの歴史があるのだった。


「『鬼神』――そう呼ばれるほどに、神に届くと思われるほどに、エセルナートさんの強さは信じられていたのですね……」


 ヴィシャスの器となったのも道理だ、と納得する。リルカが呟くと、セヴェリがうんうんと頷いた。


「そうだね~。もしエセルナートがこの国に仕官するってなったら、騎士団長クラスまで駆けのぼるだろうくらいには強いと思うよ~」

「それは言い過ぎだろう」

「この国は、つよーい『象徴』を欲しがってるからね。他国に名の轟く『鬼神』エセルナート・ミェッカがこの国に属するってなったら、大歓迎で席を用意するんじゃないかな~」

「それは俺の強さとは別の話だろう。それに、この国にも強い騎士はいる」

「まあ、騎士だって曲がりなりにも武を以て身を立てる者なわけだし、いるはいるよね~。『剣聖』とか~。あの人も都の常駐になってくれないかってしつこく言われてるみたいだけど」


 セヴェリの言葉に、エセルナートが首を傾げた。


「? 何故そうなる?」

「言ったでしょ、つよーい『象徴』が欲しいんだよ、この国は。いつでも都にいる、つよーい人が」

「だが、それでは強さの真価は発揮できないだろう」

「それでも、つよーい人がいつでもそこにいることで民は安心するでしょ~? 民だけじゃなくて、高貴なお方々もね」


 まあ、どっちかっていうと後者の比重が大きそうだけどね~、と笑って、セヴェリは開いたままだった地図の一点を指さした。


「よかったね~。【雷霆神エルド】の神殿もリュリューには残ってるよ~。ここ。ちっちゃい神殿だけど、朽ちてはいないから~」

「管理者はいるのか?」

「前調べたとき、信仰している人はいたから、その人が死んでなければ管理してるんじゃない~?」

「お前のことだ、居場所も知っているだろう。一言挨拶したい。案内してくれ」

「ええ~? まあいいけどさ。……それにはお嬢さんも連れて行くの?」


 セヴェリが問うと、エセルナートが窺うようにリルカを見る。リルカは小さく首を横に振った。


「……いや、俺だけでいい」

「そっか~。じゃあお嬢さんとは一旦お別れだね。お嬢さんの作った祭壇とかも気になるから、また会いに来るね~」

「リルカ殿を困らせない程度にしろよ」

「善処するよ~」


 そんな会話の後、セヴェリは魔力を帯びた指で床に陣を描き始めた。すさまじく細かい陣を、目を疑うような早さで仕上げていく。


(これが、転移の陣……)


 リルカは都のごく狭い範囲で生活している。だから、転移陣を使ったこともなかった。転移の魔術陣を見るのはこれが初めてになる。

 その精緻な陣の美しさは、リルカの目を奪うには十分だった。


(拝神しても使用できる人の少なかった転移が、こんなに簡単に……)


 簡単に見えるのは、セヴェリの実力あってのことだろうが、それでも衝撃だった。

 今世では人は神から離れ、独自の道を歩んでいるのだと改めて実感する。


「じゃあね、お嬢さん」

「それでは失礼する、リルカ殿」


 そうして二人は、部屋から姿を消したのだった。



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