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神々の愛し子は平穏に暮らしたい ~三千年後に転生しましたが、忘れられていないどころか寵愛が加速しています~   作者: 空月


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10/22

10.都案内



 エセルナートに都を案内する日が来た。

 まだ都の中に疎いだろうエセルナートには宿で待っていてもらい、リルカがそちらへ向かうと事前に取り決めておいたため、まずリルカは宿を訪ねてエセルナートへの取り次ぎをお願いした。

 宿泊施設は建物の二階以上になるので、階段横で待たせてもらう。


 しばらくして、階段を降りてくる足音が聞こえてきた。同時に、リルカへと向けた声かけも。


「おはよう、リルカ殿。すまない、待たせてしまっただろうか?」

「おはようございます。そんなことは……」


 足音の主――エセルナートを振り返って、リルカは目を瞬いた。

 先日は『いかにも剣士』といった、少々無骨で、異国の者だとすぐわかるような見た目をしていたたエセルナートが、この国の流行を押さえた、十人中十人が振り向くような、万人に魅力的に映るだろう姿をして現れたためだ。


「…………」

「……やはり、このような格好は俺には似合っていないだろうか……」


 つい見つめてしまったリルカを誤解したのか、元々自信がなかったのか何なのか、エセルナートがそんなことを言い出したので、リルカは慌てて否定する。


「いえ、よくお似合いです! この間と印象が違うなと思って見入ってしまっただけですから!」

「そ、そうだろうか? ……宿まで案内してくれた親切な方に都案内をお願いしたと知り合いに伝えたら、これを着ていけと押しつけられて……。故郷ではあまり見ない服装なんだが、こちらではこれが流行りなのか?」

「そうですね。私もそこまで男性の服装に詳しくはないですが、おそらくこの国の流行の最先端の服なのではないでしょうか」

「最先端……」


 最先端なだけじゃなく最高級でもありそうだな、とリルカは思ったが、黙っておいた。


「この服装は……その、貴方と歩くのに、恥ずかしくないものだろうか?」


 こちらを窺うようにしてエセルナートが訊ねてきたので、リルカは彼を安心させるために努めて笑顔をつくって応えた。


「大丈夫ですよ。ただ、エセルナートさんが格好良すぎて、案内するのが私なのがもったいない気がしますけど」

「もったいない?」

「美男の隣には美女が並んでほしいものじゃないですか」


 そう言うと、エセルナートは目を丸くした。


「そういうものなのか……? いや、そもそも俺は美男じゃないが……」

「エセルナートさんは美男ですよ!」

「は⁉」

(はっ、つい被せ気味に否定してしまったわ)


 リルカは美しいものが好きである。物でも、風景でも、人でも、神でもだ。

 前世の幼なじみ兼兄貴分からは、よく「アイシアは面食いだから、神に遭ったらすぐたぶらかされそうだ」などと言われていた。現世の幼なじみであるユハからは「リルカは相手の顔がよかったら大抵のことは許しそうで心配」とも言われている。


 ……事実、ティル=リルの行いについて本気で怒ったりできないのは、【戯神ティル=リル】はそういう神だから、と納得してしまう以外に、ティル=リルがリルカ好みの顔をしているからというのもあるような気がしている。本神もそのあたりを意識して、姿変えの際でもリルカ好みに仕上げてくることも多い。


 『美しい』と感じるものは人それぞれであるとはわかっている。しかし、美しいものが、美しくないとされることには、リルカはつい反発心を抱いてしまう。

 そういうわけで、つい食い気味にエセルナートの言を否定してしまったのだった。


「すみません、大声を出して」


 内容については触れずに、大きめの声を出してしまったことだけ謝る。

 するとエセルナートは眉尻を下げ、目を伏せて、しどろもどろに応えた。


「いや……その、ええと、美……とか、そう言ってもらえるのは……ありがたい……と思う……」

「今までそういうこと言われたことがなかったんですか?」

(そんなことはないと思うけど……)


 エセルナートは精悍な容貌を持つ美丈夫だ。誰からも容姿を褒められたことがないなどということはないだろう。

 リルカの予想通り、エセルナートは小さくだが首を横に振った。


「リルカ殿のように率直に、面と向かって褒められたことはあまりないが、まあ……一般的に見て俺の容貌が見るに堪えないものではない自覚くらいはある」

(いや、なんでそんな最低限の認識に?)


 心の中でつっこんだが、口に出すと踏み込みすぎになると判断して胸の中にしまっておく。

 と、エセルナートの腰に剣がないことに気づいた。


「エセルナートさん、剣はどうされたんですか?」


 問うと、エセルナートは肩をすくめる仕草をした。


「あれは【英雄神ヴィシャス】様の降臨時に持っていたもので、神力が馴染んでいてな。知り合いに研究用に持っていかれた」

「そうなんですか……」

「元々研究用に貸し出してほしいと話はされていたが、着いて早々に持っていかれるとは思わなくてな。体の一部が足りないような気持ちだ。……ああ、一応剣がなくてもそれなりに戦えるから、荒事になった際の心配をしているなら――」

「いえ、まず荒事が起こるような場所には連れて行きませんので」


 都には治安の悪い場所ももちろんあるが、そこを案内する予定はない。


「では、そろそろ出発しましょうか」

「そうだな。リルカ殿をあまり拘束するのも悪い。……そうだ、これを」

「?」


 エセルナートが先ほどから手にしていた、小さな袋をリルカに差し出した。何なのか予想がつかずに内心首を傾げながら、リルカはそれを手に取り――。

 その感触と重み、そして緩んだ口から垣間見えた金一色に、目を見開いた。


「こ、これ……!」

「知り合いが、会って間もない他人の時間を拘束するなら、心付けが必要だろうと……」

「いや、心付けでこれはおかしいですよ! こんなじゃらっと渡すものじゃありません!」

「しかし都案内の相場は……」

「正式な、公認のものを基準にした案内を求められると、私は逃げ帰らないといけないんですが……」

「そ、そうか……。では、そういった正式なものでなく、個人に案内を頼んだとして、その相場はどれくらいだろうか?」


 ここで心付け――お金はいりません、と突っぱねるのは簡単だ。

 だが、リルカも日銭を稼いで生きている身。仕事が入っておらず、エセルナートの都合もついたので案内が今日になったが、そうでなければ日雇いの仕事を探して入れただろう。

 おそらくエセルナートの知り合いは、そういう人間が都に多いことから心付けを提案したのだろうと思われるので、その心遣いを無にするのもはばかられる。

 ……が、かといって最初に差し出された重みは個人に払うには多すぎる。


 リルカは、この都で公認以外の観光案内を行っている個人から聞いた話を思い返し、自分の普段の稼ぎと照らし合わせ、ついでにエセルナートを『全く知らない仲ではない』と定義して適正価格を決めた。


「その中から三枚。それで十分です」

「それは……少なくないか?」

「適正価格です。それ以上は一枚たりと受け取りませんので」


 そうぴしゃりと言うと、エセルナートは渋々といった感じではあったが、三枚の硬貨をリルカに手渡した。


「ありがとうございます。この金額に見合う案内ができるように頑張りますので」

「そう、気負わせるつもりはなかったんだが」

「無償でやるつもりだった案内と、心付けを渡された上での案内は、やっぱり別になりますから」

「そうか……」


 そうして今度こそ、リルカとエセルナートは宿を出て、街へと繰り出したのだった。



* * *



「エセルナートさんはこの都のどんなところを見たい、とかありますか?」

「どんなところ……というと?」

「観光を主にしたいのか、これからしばらく暮らしていく上で必要そうなところを知りたいのか、そういったことを教えていただけたら、どこを主に見て回るかも決めやすいので」


 先にそういったことを打ち合わせておくべきだったのかもしれないが、リルカもそこまで気が回らなかったのだ。

 流れのままぶらぶら有名どころを観光するのでいいかな? などと考えていたが、心付けをもらってはそうはいかない。

 先日のユハとの約束のことはあるが、ある程度エセルナートの希望に添って観光すべきだろう。


「そうだな……」


 エセルナートは考え込むように目を細めた。


「せっかく都に来たのだから、有名な観光どころは押さえておきたいと思っていたが、それは一人でもできそうだ。どうせなら、リルカ殿のお勧めの場所や……よければ、貴方が拝神している神に祈る場を見せてもらえないだろうか? 俺の周りには【死と輪廻の神ローディス】に拝神している者がいなかったから、見てみたいと思っていたんだ」

「神……ローディス様に祈る場を、ですか?」


 言われて、己がローディスに祈る場を思い浮かべる。

 リルカのできる精一杯でつくられたそれは、本当にささやかなものだ。

 ミズハの国での拝神事情はわからないが、個人で祭壇を整えている可能性は低い。

 これがユースリスティの方であれば、リルカが個人で作ったのではない祭壇なので、もう少しマシなのだが。


「ええと……ローディス様の方は個人で祭壇を整えたので、本当にわざわざ見るようなものではないんですけど……」

「個人で? それはすごい。知り合いが研究をしたがりそうだ」

(そうだった、エセルナートさんのお知り合いは『魔術学院』の関係者なんだった)


 うっかりすると研究対象になってしまうだろうか? 今時拝神する人間は珍しいとはいえ、リルカは(表面上は)ただ『古き神』に拝神しているだけの人間で、そんな人間がささやかに作っただけの祭壇だ。それはないだろうと思って過ごしていたのだが。


「そんな、研究されるほどのものでは……」

「俺の故郷――ミズハの国の拝神の方法にも興味を持っていた。貴方の拝神の方法などにも興味を持つのではないかと思う」

「拝神の方法に、そんなに違いがあるでしょうか?」

「わからない。わからないほどに拝神を行う人間は減っていると言っていた。だからこそ、貴方のことを知ったら興味を持つと思うのだが……」


 リルカは今時拝神をしている珍しい人間ではあるが、それを殊更に公にはしていないので、知っているのはユハのような幼なじみ、孤児院関係者、あとは仕事上話すことがあった相手くらいのものだ。故にエセルナートの知り合い――研究者にはリルカのことが伝わっていないのだろう。『魔術学院』に属するとところで可能性のあるユハは、リルカがそういうふうに興味を持たれるのを好まないのを知っているので、話が広がらないようにしてくれているのだと思われる。


 エセルナートも大丈夫だろうとは思いつつ、念のためにそういうのは望まないということを伝えておくことにする。


「その、私は静かに、神々を拝神していられればいいので、そういうのは……」

「そうか。それならば俺からは伝えないでおこう」

「ありがとうございます」

「だが、俺に見せてもらうことはできるだろうか?」

「それは……」


 少し迷ったが、いいですよと頷く。リルカは前世の記憶を元に祭壇を作ったが、今世では様式が変わっている可能性もある。比較対象がユースリスティのものしかないので、そのあたりは気になっていた。意見がもらえたらありがたい。


「貴方の祈りの場は近いのだろうか?」

「ここからだと少し遠いですね」

「では、どこかリルカ殿のお勧めの場所からがいいだろうか」

「お勧めの場所……と一口で言ってもいろいろとありますけど……」

「好きな風景がある場所だとか、気に入りの店だとか、そういうのでいい。……ああ、念のために言うが、その、つきまといのような行為をするつもりはないので安心してほしい」


 そんな心配は微塵もしていなかったが、確かに好む場所や生活圏内を案内するとそういう危険性もある。突き詰めてはユハとの約束にも関わるので、リルカは元々の案内の候補だった場所の他に、どこを案内すれば問題ないかを考えながら口を開いた。


「そういう心配をエセルナートさんにはしていないので大丈夫ですが、お気遣いありがとうございます」

「……俺が言うのもどうかと思うが、貴方はもう少し警戒心を持った方がいいのではないか」

「警戒、していないわけではないですよ」

「そうなのか?」

「そうですよ」

(なんだかこの会話、変じゃないかしら)


 思いつつ、エセルナートと苦笑を交わす。その微妙な間を置いて、「ならいいか」とエセルナートが言った。


「リルカ殿の教えてもいいと思うお勧めの場所を教えてくれ」

「はい、行きましょう」


 元々街の中央地域にある宿から出たので、リルカの思う教えても問題ないお勧めの場所まではそう時間がかからない。ぽつぽつと話しながら歩く。

 そうしてたどり着いた先は。


「……ここは……」

「先ほどの剣の話もありましたし、私の知ってる場所の中では、エセルナートさんはこういうところが気になるかと思いまして」


 リルカが案内したのは、いわゆる職人通り。その中でも刃物――武器を扱うような店が集まるあたりだった。

「私、こういう、お店が集まっているところって好きなんです。眺めているだけで楽しいし、いつかここのお店で買い物しようって思ってお金を貯めるのも楽しいし」

「なるほど」

「お給金を貯めて買った、ここのお店の小刀を大事にしているんです。研ぎにも出していますし」

「そうなのか。……ここ、入ってみても?」

「もちろん、どうぞ」


 リルカが小刀を購入したことがある店を指してエセルナートが言うのに頷いて、二人で店内に入る。


「おお、これは……すごいな」


 店内の壁や壁際に所狭しと置かれた刃物たちを見てエセルナートが感嘆したふうに呟く。

 家庭用の刃物から、エセルナートが持つような剣士が扱う武器まで各種取りそろえてあり、中にはどんな人なら持てるのかと気になってしまうほど大きなものもある。


(……ああ、そうか。『魔術』で筋力を高めたり重力の操作をできるから、ああいうものでも扱えるのね)


 今まで深く考えたことがなかったが、そういうことかと思い至る。

 前世でも『神術』というか『加護』でそういうこともできなくはなかったが、三千年前は主流ではなかった。

 店自体はそれほど大きくはない。一通り店内を見て回ったエセルナートは、店主に「ここは持ち込みの研ぎもやっているのか?」と訊ねていた。


「研ぎはやってるよ。あんた、剣士みたいだが、剣はどうした?」

「諸事情で今は余所に渡していてな。代わりの剣がほしいと思っていたんだ。一見でも売ってもらえるか?」


 エセルナートの問いに、店主はちらりとリルカを見た。リルカは軽く頭を下げる。


「まあ、いいだろう。初めて剣を買うようなひよっこでないなら、余所に渡してるってやつに似たようなのを探す方向性だと思うが、それでいいか? 一から作るのもできるが、時間がかかる。手元に得物がないのが続くのは落ち着かないだろう」

「その通りだ。それでお願いしても?」

「元の剣の特徴を言え。奥から何本か持ってくる」

「ありがとう。よろしく頼む。特徴は――」


 そうして一通り元々の剣の特徴を伝え、店主が候補の剣を取りに奥に引っ込んだところで、エセルナートがリルカを気遣ってきた。


「すまない、もう少しかかりそうだ。リルカ殿はつまらないだろう。どこか他の店で時間を潰していてもらっても構わないが」

「いえ、大丈夫ですよ。使いはしませんが、武器を見るのは好きなんです」

「そうなのか? 女性はこういうのはあまり好まないと思っていたが……」

「そもそも、案内したのは私ですし。存分に合う剣を探されてください」

「そう言ってもらえるのはありがたいが……」


 それでもまだどこか気にしているような素振りだったエセルナートだったが、店主に呼ばれてまたリルカから離れた。


 リルカは武器を扱わない。それは前世でも今世でもだ。けれど、前世でそれらを使う人々が身近だったからか、前世との違いや変わらないところを探すのが楽しいので、時間を潰すのには困らない。


(……ユースリスティ様が、武器をお嫌いなのよね。武勇を振るう人間は、ユースリスティ様の〈器〉にはなれないって言われていたし)


 武器を持ち戦う者がユースリスティに拝神できないことは有名だった。だからこそユースリスティを主神としている者が戦場へと赴くことが義務づけられていた面もある。

 店内の武器をじっくりと眺めながら、リルカは懐かしい記憶に思いを馳せた。




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