寿司はないが鰻はある
華子さんが買ってきてくれたのは、寿司の折り詰めではなく、華子さんご贔屓のお店のうな重であった。
「………寿司」
「穴子みたいなもんだろ」
まぁ確かに そうだとも言える。
お高いし、穴子との類似点は数多くある、似たようなものだと言えば、そう言えなくもない。
昔、鰻を食べさせてもらたったときに、穴子みたいですねとニコニコしながら、言ったこと根に持っているんだろうか?
鰻を胸焼けする程に、食べさせられた時期もあるだけに、まぁ今では穴子と鰻の違いも、嫌がらせかたまたまかぐらいの違いは、それとなくわかりますとも。
華子さんは、ストレスが溜まると、好きなものしか食べたくなくなるタイプの人だから。
「お茶とお菓子でも 出しましょうか?ペットボトルとコンビニのですけど」
「お茶だけでいい どうせすぐに戻らないといけない 今月分を渡しに来たついでだ」
うな重の横に、二束の厚みの万札が入った封筒がテーブルの上に置かれる。
「お忙しいようで」
「いつも通り綺麗にしてある 」
税金関係を綺麗にした上でということだ、そういった煩雑な事務というのは、プロに任せるに限る。
毎月師匠が借りたお金を律儀に返済してくれることに、引目や負い目がないとは言えないが、借りた本人は反省などしてないだろう。
話のネタ、芸の肥やしとしか思っていないような節さえある。
人の艶というものがわからねぇからつまらないし、センスもない。肌を知り、温もりを知り、経験してこそだ。
などと嘯いていたことは、首をふるほどには感心した。
弟子のつまらなさを、生活態度から指摘するとは、盗人にも三分の理があるとはこの事かと膝を叩きたくなった。
浮気がばれて華子さんにしこたま怒られた翌日に言う強かさは、見習いたいと思うこともあるが、あのときの華子さんの顔を、誠心誠意って大事だなと思うと、手のひらもかえすどころか、地面につけてひれ伏したい気持ちにさせられる。
「はい確かに 毎回言いますけど 別にいいんですよ 律儀に返済しなくても」
睨まれるとわかっていても、一応言わないと心にシコリご残るような気分になるので言ってしまう。
黙って懐にいれとけばカドはたたないのに、つい口にでてしまう。
「律儀に返されて困るものでも無いだろ 困りたいなら勝手に商売女に貢げ そういう店だってウチの奴に紹介状されているだろ」
まぁ確かにそういった合法ギリギリのお店に連れていかれたこともあるけど。
そのお店の女の子と師匠トラブルして、愛人作って、慰謝料とかの騒ぎになったんだよなぁ。
「いえ その 困りたいわけでもないんで こぉお世話になっているのに返せてないなぁとか そういうアレなんで」
「師弟揃ってアホか 浮気相手こさえる金や、慰謝料を弟子に借りる 約束やぶりの違約金や一門を建て直すためにお前の金を使った事とは別物だ グダグダ言うな」
手渡された600mlのペットボトルのお茶を、まるで風呂上がりのビールのように、ごくごくと、飲み干し華子さんは帰り支度をした。
「なんか、ウチのに伝えておくことあるかい?」
「餞の品でもくださいとお伝えください」
「あぁそれなら預かっているよ」
ハンドバックから、華子さんが取り出したのは細長い木箱。
開けてみると少しだけ古い時代の将棋の名棋士の揮毫の入った扇子。
「洒落ですか。」
「洒落た謝礼のつもりだろうね 」
練達と書かれた名人の扇子。
負かされたような、化かされたような餞の品を有り難く貰うことにした。