継げぬ名前は名光 名前はへんぼく
昔 芸能界とりわけ、お笑いというのは大層儲かった。
金の海を泳ぐがごとし 銀の山に登るがごとし、どうしようもない連中が目を爛々と輝かせては飛び込んでいくそんな治安がいいんだか、悪いんだかわからない、一旗どころか無数の旗が、万国旗を思わせるように、ズバババとはためく姿は、皆に夢を与えたそうです。
しかし、まぁ熱 とりわけ流行というのは、いつかは冷めていくものですから、旗はパタパタと靡いていたのは、風がやむと、周りの旗を巻き込んで、地面に落ちて泥にまれて、通行人に踏みにじられ、ぼろぼろ雑巾よりも、使い道のないものまで出てくる始末。
だけども、中には使い道の残った中々に綺麗な旗もあります、伝統だとか歴史というのを知っている連中はそういう旗を大事に扱うことで、まだまだ金を稼げる、山ほど儲けるまでいけるかもしれない。
【名人】という旗を振りながら、掲げながら今日までお笑い界を生き抜いてきた。
そんな一ノ刀一門の看板である名人。
―――――――
後輩から譲り受けたパソコンに
書きかけの口上のネタを書いていたが、
スマホのアラームがなるので、一旦取りやめた。
テレビをつけると、お昼のワイドショーでは、テレビ欄の通りに、僕のお目当ての映像が流れることも確認した。
代々一門の門出を祝う古くからの付き合いの格式ある旅館のホールに相応しさ、一門にとって久方ぶりのハレの舞台であり、名光という【名人】の名をわずか一年で継ぐ異例さは、地元新聞やラジオ局、だけではなく全国区のテレビ局のカメラまで入っている。
まぁ昔と違って、テレビ局はものの十数分の中継で終わるのは、しょうがないか。
大きな垂れ幕には、一ノ刀 名光襲名式と僕の渾身の書が書かれていた。
「おー 旨そうな料理もあるんだろうな」
華子さんあたり、今日までの御礼で鮨詰めたもの持ってきてくれないだろうか、せめて旅館の売店の一箱二千円の饅頭ぐらいは、師匠だったら助六もくれないだろうし。
「いかんなぁ 何一つわいてこない」
もとより、力量というものを知っている。
弟子入りして、十数年、下積みばかり、前座にも届かない、噺を覚えてもウケない、華はない。
地元のテレビ局のロケ、地方周り、講演会の側で人脈と勉強をしたとして、生かすことも出来ない。
何度も何度も繰り返した師匠の小言の口から、破門の言葉は出てこなかった。
「名人 一ノ刀の名を継ぐのがお前さんみたいな唐変木野郎だなんてな 名を売るのがこんなに辛い」
数年前に、僕にこぼした言葉なんて忘れているんだろう。
「名人の名前はお前に譲る だからこの通り、融資を頼む へんぼく」
宝くじに、万馬券、色々積み重なった億を優にこえたあぶく銭、弟子の財産の9割のお金で、幾分か持ち直し一門の看板は守られた。
証文も約定も破り捨てられたというのに、何もわいてこない。
僕の手元にあったはずの名人の称号は、師匠と華子さんの娘に受け継がれて、一門の名からも削られた。
「なんか面白い話できそうだけど うん才覚はないわな」
書きかけのネタに取り入れようもない
名人になれずに、放逐されたの男でも、
昨今は舞台を簡単に用意できる。
ネットに有象無象のチャンネルの旗がまた一つ
【遠野へんぼく徒然】
元師匠から貰った、へんぼくの名は遠くの野に、掲げていこう。
語感も半身半生に染み付いた。
とおへんぼくに似ている。
満足げに頷き、華子さんにメールをしよう。
芸人としての新たな門出を祝して寿司をお願いと送ってしまおう。