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魔王育成日記  作者: トウリン
おはよう
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氏より育ち①

『深淵の森』

 それは、その名の通り底知れぬ深さを持つ森だ。『探索点』は数多あるが、この『深淵の森』の難易度はガルディアの中でも三本の指に入る。

 そこから得られる豊富な資源を目当てに人が集い、栄え、ギルエルという町ができた。

『深淵の森』はその名の通り奥深く、最深部に到達したものは未だかつていない。他の探索点に比べて棲息する魔物が段違いに凶暴で、遺跡が幾つも見つかっているが、まともに調査されたことがあるものは碌にないのだ。

 だが、たとえ奥深くまで立ち入ることができなくとも、『深淵の森』から得られるものは多い。それ故、ギルエルはガルディアの中でも五本の指に入る盛況さを見せていた。

 カイトとシーリィンが拠点としているのは、このギルエルだ。町の外れに、庭付きだがこじんまりとした一軒家を構えている。

 街中に部屋を借りる方が便は良いのだが、シーリィンが部屋で魔導の実験をやらかして窓を吹き飛ばしてから、どこも貸してくれなくなったのだ。

 仕方がないのでこの郊外の家を購入したのは、五年ほど前、二人が組んでわずか三日後のこと。今では一軒家の気楽さにどっぷり漬かっている。


   *


 カイトとシーリィン、それに拾った幼女がギルエル町外れの楽しい我が家に辿り着いた、翌日。


「で、今回はずいぶん急なお呼び出しですが、何がご入用なのでしょう?」

 通された居間でそう言いながら揉み手をしているのは、常日頃から懇意にしているキツネ人の商人ゲイルだ。

「こいつ――メリカっていうんだがよ、こいつが使う物を用意して欲しいんだ」

 そう言って、カイトが隣に座った幼女の頭にポンと手を置くと、彼女は彼を見上げてにこっと笑った。


 卵から出てきた赤子に、彼らはメリカと名付けた。まあ、シーリィンは全く興味を示さなかったから、実際にはカイト一人で考え、つけた名前だが。

『幸福』という意味を持つその言葉通りの存在になるかどうかは、これからのカイトたちにかかっているのだろう。

 今急場しのぎにメリカに着せているのはカイトの服で、見るからにダボダボだ。ゲイルもこの家に入ってきたときから彼女のことには気付いていたはずだが、素知らぬふりをしていたのはこなれた商人だからか。


「可愛らしいお嬢さんですが……お二人のお子さんで?」

「何でだ。男同士で子どもができるかよ」

「いや、ほら、長命属の方は色々と謎ですから。それに、その目の色と髪の色は、まんま、シーリィンさんとカイトさんのものですし」

「目の色はともかく、金髪はどこにだっているだろ」

「では、シーリィンさんの隠し子で?」

「違う」

 ピシャリと言ったのは、離れたところで壁に背をもたれさせて立っているシーリィンだ。ちらりと見れば、そっぽを向いている。

 ゲイルはもう一度メリカを見てから、カイトとシーリィンの間で視線を行ったり来たりさせた。この子どもについてどこまで突っ込んでも良いものなのか、抜け目のない彼も判断しかねるのだろう。

 ――この、ギルド員の中でも頂点に坐する二人を前にしては。


 ギルエルに住む者の中でカイトとシーリィンの名を知らぬ者はいない。いや、ガルディアで、と言っても過言ではない。

 目がくらむほどの豪奢な金髪に、晴れた空のように青い目をしているカイトは、精悍な顔つきと爽やかな人柄で老若男女問わず慕われている。

 一方シーリィンは、流れるような銀髪と紫水晶さながらの瞳をしていて、麗姿で名高い長命属の中でも群を抜く怜悧な容貌が、その愛想のなさを相殺していた。ギルエルは他の街より平均寿命が高いのだが、その理由に、シーリィンの美貌を一瞬でも長く拝んでいたいという励みがあるからだと、まことしやかに囁かれている。


 どちらもそれぞれ熱烈な信望者がいるのだが、二人が有名なのは見た目だけの話ではない。

 彼らを勇者、賢者たらしめているのは、その類まれなる能力ゆえだ。


 種により抜きん出た特性がある獣人属と違って、通常、カイトのような単人属はこれといった長所を持たない。人口に占める絶対数は多いのだが、ネコ人のような器用さはなく、イヌ人らのような戦闘能力はなく、キツネ人のような狡猾さもなく、長命属のような魔力も持たず。魔法以外の一通りのことをこなせるのだが、突出したものはない。

 働きアリの一匹にはなれるが、個では役に立たない――そんな凡庸な者が殆どである単人属の中で、カイトは規格外の身体能力を有していた。


 一般的に、戦士は何か一つ得意とする武器や武術で戦う。どれだけ優れた肉体を持っている獣人でも、弓も剣も槍も体術もなど、まず無理だ。

 だが、カイトは違った。どの得物も特級の扱いで、素手での戦いでさえも獣人属に引けを取らない。強靭さは比類なき頑丈さを誇るリュウ人に敵わないが、どんな強烈な攻撃も、食らわなければ意味がないのだ。卓越した身のこなしが、カイトの唯一の弱点である『人並み』の肉体であることを補った。


 そして、カイトがあらゆる武を極めた者として勇者と称されているように、シーリィンは賢者の名を冠している。単人属でありながら獣人属を凌駕するカイトが規格外であるのと同様、治癒の魔法も攻撃の魔法も、現存するほぼ全ての魔法を扱えるシーリィンは、長命属の中でも異質の強さを誇っているのだ。その上、ただ魔法を操ることに長けているだけでなく、ここ数年の間に、彼によって新たに編み出された魔法も幾つもあった。


 前衛のカイトと後衛のシーリィン。

 ギルドにとって、この無敵の二人組は、今回の依頼のように他のギルド員の手に負えない事態が起きたときの切り札的存在だった。

 そんな彼らの元に幼子が、となれば、さすがのやり手商売人ゲイルも好奇心を抑えきれないらしい。普段はどんな商談でも泰然自若の姿勢を崩さない彼の尻尾の先が、ピクピクと動いている。


 どうしたものかと、カイトはガリガリと頭を掻いた。

 それなりの説明をしてやらないと、噂ばかりが走り回ってしまうだろう。メリカの出生が出生だ。憶測で皆から妙な関心を持たれてしまうのも困りものだ。


「ええとな、今回の仕事帰りに拾ったんだよ。この村に来る途中で魔物に襲われたらしい。親は持ってかれちまったようだが、こいつは荷物の箱の中に隠されててよ」

 これはそう珍しくない話だ。

 たとえ街道を使っても、うっかり油断して護衛なしで旅をすれば、身の安全は保証できない。


 カイトの思惑通り、ゲイルの顔が同情で曇った。

「それはお気の毒に……でも、お二人がお育てになるのですか? 教会に連れて行けば引き取ってもらえますよ?」

「ん? まあ、これも何かの縁だろってな。なぁ、シーリィン?」

「……」

 水を向けても返事がないのは想定内。

 カイトはサクッとゲイルに向き直る。


「ま、そういうことで、とにかく、こいつに必要なもんを揃えたいんだよ」

 ニッと笑ったカイトに、ここら辺が引き時と悟ったのか、ゲイルはそれ以上追求しようとはしなかった。彼は愛想良く頷く。

「承知いたしました。家具と――お洋服もあった方がようございますね。あとは日用品でしょうか」

「ああ、一通り頼む。急なことだし手間賃で一割上乗せしてもらって構わない。早めに揃えてくれ」

 カイトの台詞にゲイルの目がキラリと光る。

「ええ、可及的速やかに。では、失礼いたします」

 そう残し、ゲイルは満足そうにふさふさとした尾を揺らしながら去っていった。


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