好きだからこそ
「で、先生たちには何て言って来たんだ? よく許してくれたな」
尋ねたカイトに、メリカはフルフルと金のくせ毛を膨らませるようにかぶりを振る。
「ないしょで来たよ」
今度はカイトからストンと表情が抜けた。多分、シーリィンも同じ顔をしている筈だ。
「は?」
「だって、夜にお外に出るのはダメかなって。カイトも、日が暮れたら帰ってきなさいっていつも言ってるから」
メリカは、そうだよね? という顔でそう返してきた。
隣でシーリィンが額を押さえているが、そうしたくなった気持ちはカイトにも良く解る。
「何で駄目かは、入ってなかったってことか……」
物事の理解具合が、ちぐはぐだ。
「いる筈のお前がいないとなったら、先生たちも心配するだろう」
「みんな熱出した子の看病してるから、朝までに帰ればだいじょうぶだよ」
「いや、夜中にお前の様子も見に来るかもしれないじゃないか」
と、メリカはキョトンと小首をかしげた。心底不思議そうに。
「どうして? メリカは元気なのに」
カイトも今度は本気で頭を抱えた。
先ほどもそうだが、起きる『かもしれない』ことで自分が心配されるということに、メリカはさっぱり思い至らないらしい。
これほど賢いのに『たられば』の話が全く想像できないのは、経験不足のせいなのだろうか。
あるいは、自分に勝るものがいないという自信、いや、確信があるせいなのか。
確かに、あの鎧猪を拳一つで吹き飛ばしてしまうようなメリカに勝てるものは、恐らくいない。少なくとも、カイトとシーリィンは遭遇したことがない。
だが、メリカがどれほど強かろうが、彼女を想うものであれば彼女のことを案じる。ましてや、メリカの強さを知らないものであればなおさらだ。
人と共に在るためには、メリカがどう思っているかではなく、相手がどう思うか、どう感じるかを考えることも必要なのだ。メリカから見えるものだけで判断するのではなく、相手にはどう見えているのかを考えることが。
カイトは、メリカにそれを解かって欲しかった。
「病気じゃなくても、先生も他の子も、お前のことを放ってはおかないよ」
カイトの答えに、メリカの眉が下がる。
「そうなの? じゃあ、ゼノス先生も心配させちゃう?」
「いないことがバレたらな」
少しばかりしかめ面を作ってそう言うと、メリカはうつむいた。
「どうしよう……今から帰ったらだいじょうぶかな。まだ、あんまり時間経ってないし」
メリカが「大丈夫」と言って欲しがっていることには気付いていたが、カイトは敢えて難しい顔になる。
「どうかな。俺だったら、ちょっとしたら部屋に行ったかどうか、見に行くけどな」
その返事にメリカは焦ったようにシーリィンを振り返った。が、彼にも深々と頷かれ、悄然と肩を落とす。
うなだれたメリカにシーリィンがグッと息を呑んだ。彼女に手を伸ばしかけるのを、カイトは眼で制す。
カイトとて、その落ち込みようには流石に可哀想になったが、ここで甘い顔をしてしまったら同じことを繰り返すだろう。
「なぁ、メリカ。俺たちはお前が強いってことを知ってる。でも、それを知っていても、やっぱり心配しちまうんだ。心配するってのは、そういうもんだ」
「メリカがどんなに強くても?」
「ああ。これはな、理屈じゃねぇんだよ。お前が実際に強いかどうかは関係ない。どっちかってぇと、どんだけ俺らがお前のことを好きかってところにかかってくるかな」
「メリカのこと、どれだけ好きか……」
「ああ。それにな、俺たちはメリカよりも長く生きていて、色んなことを知っている。良いこともあったが、悪いこともたくさんあった」
「悪いこと?」
眉をひそめたメリカに、カイトは頷く。
「ああ」
カイトとシーリィンが受ける仕事は、荒事が多い。
その中には、メリカのような幼い子どもが惨い目に遭うようなものもあった。
カイトはメリカの強さを知っているし、メリカには決して起こり得ないと頭では判っていても、それでも、懸念は拭いきれない。
「お前のことを好きであればあるほど、ほんのちょっとでもお前にそういう悪いことが起きて欲しくないと思うんだ」
「メリカのことが好きだから……そうなんだ……」
呟くメリカの頭に、カイトはポンと手をのせる。
「取り敢えず、ゼノス先生には報せを飛ばしておこう。メリカは俺らといるよってな」
こうなると、ゼノスには、メリカのことを話さなければならないだろう――カイトたち自身、彼女についてまだ解かっていないことが殆どなのだが。
何をどこまで話したらよいものか、と頭を悩ませるカイトに、シーリィンの声が届く。
「ひとまず、リスプを探さないか? メリカはそれを取りに来たのだろう? そろそろ、見つかるはずだ」
言いながら、シーリィンが周囲を見渡す。
確かに、だいぶ奥まで来ているから、流石に見つかっても良い頃だ。
「――だな。よし、メリカ。探すぞ」
カイトの誘いに、しょげていたメリカがパッと顔を上げる。
「いいの!?」
「一人で帰す方が気になるしな」
答えて、カイトはメリカの頭をくしゃくしゃと撫でた。
メリカはカイトに、そしてシーリィンに満面の笑みを向ける。その笑顔に、シーリィンはあからさまにホッとした顔になった。
「メリカ、がんばるから!」
さっきまでは半べそだったのがすっかりどこかへ行ってしまった。
もうちょっと厳しい顔を見せておくべきだったかという考えが頭をよぎったが、カイトもシーリィンと大差ない。
結局、メリカに悲しい顔はさせたくないのはカイトも同じ。彼女には、いつだって笑っていて欲しいのだ。




