森の中で
森に入って二日目、カイトとシーリィンは強行軍で足を進め、例年ならば求める薬草リスプが採れる辺りまで辿り着いていた。
リスプは一定の気温まで下がらないと芽吹かない。この夏は異様に暑い日が続き、秋に入った今もいつもほどの冷え込みにはなっていなかった。
鬱蒼と木々が茂る深淵の森は奥に行くほど陽射しも届かなくなり、一年を通してひんやりとしているが、リスプが生えるには、まだ足りない。
「今年はもう少し奥まで行かないと見つからなそうだな」
草の茂みをいくつか探ったあと、そう呟いてシーリィンは立ち上がった。
「やっぱりかぁ」
カイトはやれやれとため息をつく。
森の奥に行けば行くほど足元は悪くなるし出現する魔物も強くなる。実際、この二日の間に小山ほどの鎧猪と十頭ほどの三つ首狼の群れに遭遇していた。どちらも、ギルドの狩人たちが毎年犠牲になる魔物たちだ。まあ、カイトとシーリィンがいれば魔物はどうにでもなるのだが、道の悪さはどうしようもない。倒木やら落ち葉の吹き溜まりやら、小さな子どもには楽な行程ではなかろう。
「メリカを置いてきて正解だったな」
そう思うだろ、とカイトはシーリィンを振り返ったが。
「シーリィン?」
眉間に皺を寄せて黙り込んでいる相棒に、カイトは呼びかける。
「どうした?」
「……メリカはうまくやっているだろうか」
「あ?」
シーリィンから出た台詞とは思えず、カイトは思わず間抜けな声を返してしまう。そんな彼に、シーリィンは渋面のまま続けた。
「知らない人間の中に突然放り込まれて、戸惑っているのではないか」
深刻な顔でのシーリィンに、カイトはかろうじて笑いをかみ殺す。
「まあ、大丈夫じゃねぇの? ゼノス先生がいるんだし」
「だが、メリカが私たちと離れるのは初めてだ」
「そんなに心配しなくとも」
「心配など……ただ、うまくやっているかが気になるだけだ」
「それが心配以外の何だってんだよ」
何故素直に認めないのかとカイトは思ったが、他者を案じるということがなかったシーリィンには、本気で、今の自分の気持ちが理解できていないのかもしれない。頭が良いことを自負しているくせに、自分で自分のことも解からないというのには笑ってしまうが、これまでは他人というものを視界に入れようともしなかったのだから、大きな成長だ。
「依頼を断るわけにもいかねぇし、連れてくるわけにもいかねぇし、これが一番いい手だったろ。それとも、連れてきた方が良かったと思うか?」
問われて、シーリィンは唇を引き結ぶ。
いくらとてつもない力を有しているとしても、メリカは小さな子どもだ。子どもを連れて、深淵の森をさまよい歩くなど、あまり褒められたことではない。
「メリカのことだし、うまくやってるよ。ジルとも初対面で普通に楽しくやれてただろ?」
パンとカイトはシーリィンの背中を叩いてやったが、彼はまだ渋い顔をしている。
そんなに心配する必要はなかろうに、と思ったが、カイトはふと気づく。これは、残してきたメリカのことを心配しているのではない。彼女が傍にいないことを『シーリィンが』寂しく思っているのだ、と。
確かにメリカも成長しているが、彼女といることは、シーリィンの方により大きな変化をもたらしているようだ。
「成長したなぁ」
思わず呟いたカイトに、シーリィンが怪訝そうな顔になる。が、すぐに遠くをうかがう眼差しになった。そして真っ直ぐに指を伸ばす。
「来るぞ」
シーリィンが張り巡らせた索敵の網に、何かが引っかかったらしい。
「ものは?」
「また三つ首狼だ。十五……六頭だな」
「さっきよりも多いな。回避できそうか?」
「いや……あちらも餌を探しているようだ。私たちの進行方向だし、回避するのは無駄が大きい」
「それこそ無駄な殺生なんだがな。仕方がないか」
ため息混じりに言って、カイトは剣を抜き放つ。
「どのくらいで接敵する?」
「このまま進めば四半時もかからない」
「じゃ、そいつらを片付けたら飯にするか」
言いながら、カイトはやっぱりメリカを連れてこなくて正解だったとしみじみと思う。
彼らが命を奪う姿を、少なくとも今はまだ、彼女に見せたくなかったから。