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魔王育成日記  作者: トウリン
ごめんね

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32/42

ゼノス先生

 カイトの『お父さん』は、とても大きな人だった。

 竜人だという彼は、大きなカイトよりも頭二つ分は大きい。上にだけではなくて、横も倍くらいありそうだ。

 硬そうな肌は良く見ると銀色が混じった緑色の鱗でびっしりと覆われている。縦長の瞳孔をした目は少しくすんだ金色をしていて、優しそうな笑みを浮かべていた。


「メリカ。これが俺をまともに育ててくれた人――ゼノスだ。ゼノス、こいつがメリカ。俺とシーリィンが世話をしている」

「はじめまして、メリカ。僕はゼノスだ」

 ゼノスは太く響く、けれどもゆったりとした穏やかな声でそう言うと、大きな背を屈めてメリカの頭よりも大きな手を差し出してきた。メリカは少し迷って、彼の人差し指を握り締める。握手をするには、手の大きさが違い過ぎたから。

「はじめまして、ゼノスさん」

「ゼノスでいいよ」

 そう言われても、相手はカイトのお父さんだ。

 メリカが困ってカイトを見上げると、彼はくしゃくしゃと彼女の頭を撫でて言う。

「ゼノス先生でいいだろ。他の連中もそう呼んでるんだし」

「ゼノス先生」

 メリカは繰り返した。

 その呼び方なら、確かにしっくりくる。


 パッとメリカが満面の笑みを浮かべると、ゼノスも目を糸のようにして笑い返してくれた。

「良い笑顔だ。カイトは相変わらず子どもの世話が上手なようだね」

 ゼノスに褒められて、カイトはあまり見たことのない顔になる。

「いや、別に、ゼノスがやってんのと同じようにやってるだけだしな」

 ぼそぼそと言ったカイトに、ゼノスが太い笑い声をあげる。

「褒めると照れるのも相変わらずだ」

 ゼノスの言葉に、メリカは首をかしげてカイトを見上げる。確かに、ちょっと耳が赤い。

「カイト、照れてるの?」

「ああ。この子は昔からそうだよ。普段は飄々としているのに、褒めた時だけ仏頂面になるんだ」

「ちょ、先生、余計なこと言うなよ」

 ゼノスに渋面を向けたカイトの後ろで、シーリィンが呟く。

「そう言えば、以前に依頼を果たした村で大仰に感謝されたときもこんな態度だったな」

「シーリィンも余計なこと言うなって」

 くるりと振り返ったカイトが、シーリィンに食って掛かる。シーリィンにそんな態度を取るカイトも初めてで、メリカはまじまじと見つめてしまう。いつもなら、シーリィンが何をしてもどんなことを言っても、さらりと流したり苦笑して終わりにしたりするのに。

「ったく……」

 ぼやくカイトを見上げていると、彼はメリカの視線に気づいて苦笑いを浮かべた。そうして、いつものカイトに戻る。


「とにかく、事情は先に鳥を飛ばして知らせた通りなんで、俺たちが出ている間、メリカのことを頼みます」

 すっかり普段通りの――お母さん然とした態度で、カイトはぺこりと頭を上げた。そんな彼に、ゼノスが目を細める。

「メリカのことは心配せず、カイトとシーリィンも気を付けて行っておいで」

「ありがとうございます」

「……」

 カイトはともかく、シーリィンの反応に、メリカは目を丸くする。

 シーリィンは無言でぺこりと頭を下げただけだったけれども、それでも、彼にしては珍しい。きっと、シーリィンにとっても、ゼノスは尊敬できる人なのだ。


 メリカの前にしゃがみこんだカイトが、ポンと彼女の頭に手をのせる。

「行くのがちょっとばかし森の奥の方だからな、まあ、早けりゃ五日、長くても十日で帰って来るよ」

 改めてそう言われてしまうと、メリカは急に落ち着かない気分になった。

 確かにゼノスは優しそうな人だけれども、今までカイトたちと丸一日離れたこともないのに、何日も、なんて。

「やっぱり、一緒に行っちゃダメ? メリカもお手伝いできるよ?」

 お願い、とメリカは眼で訴えたが、カイトにはかぶりを振られてしまった。

「駄目だ。言っただろう? 今回の依頼は時間との勝負になる。メリカが強いのも色んなことができるのも知っているが、今回は聞きわけてくれ」

 カイトは、ほんの少しの交渉の余地も見せてくれそうにない。


 むぅと頬を膨らませたメリカだったが、ふいに、背後からひょいと持ち上げられた。

「まあまあ。メリカ、カイトの好物を知っているかい?」

 目の高さを同じにしたゼノスが、そうメリカに問いかけてきた。

「好物? 好きな食べ物?」

「ああ」

 メリカは首をかしげてこの一年ほどを振り返ってみた。

 カイトが作るご飯は、どれも美味しい。メリカは大好きだ。シーリィンが好きなものも、カイトが教えてくれた。

 けれど、カイトが好きなものは、わからない。


 かぶりを振ったメリカに、ゼノスがニッと笑って片目をつぶってよこした。

「では、教えてあげよう。どんなにむくれた時でも、それを作ってあげると途端に笑顔になるんだ」

「本当?」

「ああ。カイトたちが戻って来るまでに、家で作れるようになっておくのはどうかな。頑張るカイトとシーリィンへのご褒美に」

「うん! やる!」

 メリカはカイトたちを振り返る。

「帰ってきたら、カイトとシーリィンの好きなもの、作ってあげるから。怪我しないで帰ってきてね」

 意気込むメリカに、カイトとシーリィンが顔を見合わせた。そして、破顔する。

「そうか。それを励みに頑張ってくるとするか」

「まかせて!」

 そう応えて満面の笑みを浮かべたメリカは、両手を振って二人を送り出したのだった。


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