ギルドからの報せ
カイトとシーリィンのもとにギルドからの緊急の呼び出しが舞い込んだのは、盛夏を過ぎ、秋の気配が忍び寄り始めた日のことだった。
「カイト。鳥が来た」
午後の早い時間に自室から下りてきたシーリィンが差し出した、ギルドとの連絡のための魔導鳥の色は赤。鳥の色は青、黄、赤とあり、赤は超緊急時用だ。
カイトが鳥を受け取りくちばしを突くと、それは依頼の内容を囀り始めた。
その内容は。
「……マラルで狂い熱だと?」
カイトは眉根を寄せて呟いた。
マラルはガルディアの北にある『竜の背骨』の麓にある街だ。
『竜の背骨』は南の『深淵の森』と並ぶ難所の一つで、その名の通り、巨大な竜が寝そべるような山岳地帯。稀少な鉱物が採れるのが特色だ。マラルはその鉱物を加工することで栄えており、ギルド隊員のほとんどがそこで作られる武器に世話になっている。
「狂い熱が出るにはちと早い気がするがな」
カイトは渋面で呟いた。
と、服の裾がツイツイと引かれる。
「カイト、狂い熱って?」
「ん? ああ、メリカは知らねぇよな。狂い熱ってのは冬の初めに流行るんだけどな、とにかく高い熱が七日くらい続くんだよ。言うたら熱だけなんだが、飲み食いできなかったり、あんまり高い熱が続きっ放しだと身体のあちこちがやられちまったりするんで、熱冷ましの薬草が必須なんだ。感染力がバカみたいに強いから、流行り始める前に大量の解熱薬を用意しておくんだがよ。解熱薬のリスプは秋が旬でな、毎年、もう少ししたらギルドの連中が採取に行ってるんだ」
「カイトたちもお手伝いしてるの? でも、去年はずっとお家にいたよね?」
首をかしげて尋ねたメリカに、カイトがかぶりを振った。
「いや、いつもなら必要ない。ただ、この時期は、森の奥の方に行かないとないからな」
カイトの説明を、シーリィンが引き継ぐ。
「今年の気候だと、かなり奥に行く必要がある。往復で七日はかかるか……」
そう言って、シーリィンがメリカを見た。いつもは滑らかな眉間に、微かにしわが寄っている。
「その間、メリカをどうする?」
「それな」
頷き、カイトも腕を組んでメリカを見下ろした。
「メリカも一緒にお手伝いするよ?」
メリカはついてくる気満々のようだが、そうもいくまい。
この一年の間に、森の浅いところにまでは何度か連れて行った。そこで数日を過ごしたこともある。
だが、今回の依頼は、事情が違った。
魔物の襲撃やら地理的な難所やらはどうとでもなるが、かなり急ぎの仕事だから、休憩なしの強行軍になる。メリカの身体能力の高さは知っているが、だからと言って、七日間走りっ放しなどさせたくはない。
「手伝いはまた別の時にな。今回は留守番しといてくれ」
「えぇ……」
頬を膨らませたメリカの頭をワシャワシャ撫でるカイトに、シーリィンが問いかける。
「だが、一人でここに残していくわけにもいかないだろう。今回はお前だけで行くか?」
シーリィンの顔中に、『行きたくない』と書かれていた。メリカのことになると頭の中が筒抜けになるなと思いつつ、カイトは答える。
「薬草のことならお前の方が専門だろ。お前が行かないでどうするよ」
「だが、それならどうする。コーサルにでも頼むのか?」
確かに、祭りの時に顔を合わせてから、コーサルのところには一泊二日のお泊りなら、何度かさせていた。だが、今回は、早くて七日、見つからなければもう少し延びる。
コーサルは二つ返事で受けてくれるとは思うが。
「いや、先生のところに預ってもらおうと思う」
「先生? お前の養い親か?」
「そう。あそこなら同じ年の子がいるし」
シーリィンに頷いてから、カイトはメリカの前にしゃがみこんだ。彼女と目線を合わせて説く。
「なあ、メリカ、先生は、俺の大事なひとだ。この世界で一番、人として尊敬しているし、信頼している。その人のところで待っていてくれないか?」
「カイトの大事なひと?」
メリカがコテンと首を傾げ、大きな目をしばたたかせる。
「ああ。俺を助けてくれた人でな。育ての親だ」
「じゃあ、カイトのお父さん? カイトが大好きなひと?」
「そうだ」
「……」
メリカはうつむいた。
ややして、パッと顔を上げる。
「わかった。カイトのお父さんのところで、待ってる」
「ありがとうな。全速力で帰ってくるからよ」
「うん!」
ふくれっ面はどこへやら、メリカはいつもの笑顔で大きく頷いた。