人とのつながり
メリカとジルは、大きな声で呼びかければ振り返りそうなほどの距離にいる。
シーリィンは少女二人に追いつこうと歩みを速めようとしたが、大きく一歩を踏み出したところで襟首が後ろに引っ張られ、危うくひっくり返りそうになる。
「何をする!」
襟に引っかかっていたのはカイトの指だ。シーリィンはそれを跳ねのけ、カイトを睨み付けた。が、カイトの方も、何をするんだと言わんばかりの顔をしている。
「あんまり近づいたらバレちまうだろ」
「それのどこが悪い」
同行するつもりで追いかけてきたのではないか。
ムッとした口調で言ったシーリィンに、カイトが肩を竦める。
「せっかく子どもらで楽しんでるところに水を差す気かよ」
「水を差す……?」
「そ。お前はそうじゃないだろうが、たいていの人間は人との交流ってやつが必要なんだ」
「私やお前がいるだろう。毎日会話をしている」
「まあそうだけどな、子どもにゃ子ども同士の付き合いってやつもあった方が良いんだよ」
「私やお前との遣り取りと何が違う」
「大ありだ。見ろよ、ちょっといつもと顔が違うだろ?」
指差したカイトに釣られるように、シーリィンはそちらに眼を向ける。人陰で遮られがちではあるが、表情を読み取るには事足りるほどの距離だ。
メリカを見て、シーリィンは眉をひそめた。
何の話をしているのか、メリカは、怒っているわけではなさそうだが、唇を尖らせて――不満そうな顔をしている。と思ったら、ジルに何かを言われてパッと変わった。一転して、輝くような笑顔でジルと笑い合うメリカになる。
確かに、普段見ているメリカとは違った。いつもの彼女よりも、コロコロと表情が変わる。
「何故、違う……?」
思わず漏らしたシーリィンの呟きに答えたのは、コーサルだ。
「まあ、親と友達とでは態度が違うのは当然だろう」
「私たちの前では無理をして笑っていたということか?」
あんなに楽しそうに――幸せそうに見えたのに?
愕然としたシーリィンに、カイトとコーサルが顔を見合わせる。そして盛大に噴き出した。
「そうじゃない。まあ、ある意味無理はしているのかもしれんが」
コーサルの呟きがシーリィンの胸にグサリと突き刺さる。ぐらりと揺れた彼を、カイトが支えた。
「ホント、お前は……子どもってのは、慕っている相手にはイイとこ見せたいものなんだ。そういう意味で、『無理してる』って言ってるんだよ。別に、楽しくないのを無理やり楽しいふりしてるってわけじゃない」
「慕っている?」
シーリィンはその言葉を繰り返した。
意味は、知っている。だが、我が身で感じたことはなかった。
「ああ。メリカといて、お前にはそれが伝わってこないのか?」
カイトに問われ、シーリィンはこれまでを振り返ってみた。
魔道具を作る手伝いを頼んだ時のメリカの顔。
教えたことを成し遂げられた時のメリカの顔。
そして、そんなときにシーリィンがかけた一言で見せる、メリカの顔。
「あれが、そういうこと、なのか」
シーリィンは、何かがストンと胸の中に嵌った気がした。みぞおちの辺りに手を当てた彼に、カイトが告げる。
「ああ。メリカは俺たちのことが好きだ。一緒にいたいと思ってくれているだろう。それは間違いない。けどな、人と人との関係には色々ある。メリカには色んなつながりを持って欲しいし、人として生きるなら、そうする必要があるんだ」
「つながり」
シーリィンには縁遠い言葉だった。自分は求めて来なかったそれを、どうしてか、メリカには与えたいと思った。
人の間に見え隠れするメリカの笑顔を、シーリィンは見つめる。離れていても、ジルの言葉で弾けるような笑い声をあげているだろうことが、伝わってきた。
「確かに、必要そうだ」
誰にともなくそうこぼした時。
「お前、何やってるんだよ!?」
雑踏の喧騒を貫き、男の怒声が空気を揺らした。
「何だ?」
最も敏感に反応したのは、祭りの警備の責任者を担っているコーサルだ。
声の出所に目を向ければ、肩をいからせた大柄な男が見えた。どうやらイヌ人らしい。
「また、あいつか」
苦々しげなコーサルの呟きに、カイトが振り返る。
「知っているのか?」
「ああ、ちょっとな」
コーサルが話しかけたが、シーリィンは続いて目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
「おい。メリカが……」
「ん? ありゃ」
カイトはとぼけた声を上げたが、そんな場合ではないだろう。見るからに穏やかな好人物とはかけ離れているだろう輩に、あろうことか、メリカが自ら歩み寄ろうとしているのだから。
「早く行かないと!」
思わず走り出そうとしたシーリィンを、何故かカイトが引き留める。
「まあ、ちょっと様子を見てみようぜ」
「何を悠長な!」
長年付き合っている相棒だというのに、何を考えているのかさっぱり理解できない。
高みの見物を決め込もうとするカイトに、シーリィンは思わず雷撃を食らわせかけた。が、振り返って見たその眼が少しも笑っていないことに気づく。カイトは、今にも人混みを掻き分けて子どもたちの元へ向かおうとしているコーサルも引き留めた。
「コーサルも少し待ってくれ」
「そうは言っても、放っておくわけにはいかんよ。メリカをあいつから離さないと。あの男はちょっと厄介な奴なんだ」
「メリカなら大丈夫だ」
きっぱりと言い切ったカイトの口調は冷静で、メリカたちに据えられたその眼差しはわずかな綻びも見逃さない鋭さを秘めている。
揺らぎのないその態度は確信に満ちているが、カイトは、何を信じているのだろう。
自分自身か、それとも、メリカのことを、か。
シーリィンは再びメリカ達を振り返った。小さなメリカに、イヌ人は圧し掛かるように迫っている。居丈高な男に対して、メリカに怯えた様子は微塵もない。
幼い少女らしくない落ち着いたメリカの態度に、男の激昂も徐々に沈静しつつあるように見えた。
が、しかし。
「ここまでか」
ポソリと耳に届いた、カイトの呟き。
ハッとシーリィンが彼を振り返った場に姿はなく、いつの間にそこまで動いていたのか、メリカめがけて振り下ろされた男の拳を、カイトの手が捕らえていた。




