ギルエルギルド本部
ギルエルギルド本部は三階建ての我が家よりも遥かに高い五階建てだ。正面玄関を入ってすぐは待合で、奥に受付がある。
一階は受付、二階は商人ギルド、三階は医療ギルド、四階は狩人ギルドで、五階は事務局になっている。四階までは平のギルド員も仕事内容次第で普通に赴くが、五階にはめったに足を踏み入れることがない。
いつもなら、待合は情報交換などをするギルド員で賑わっているのだが、祭りの所為か、今日は人がまばらだ。扉が閉まると、外の喧噪が遠ざかった。
更に中へと足を進めると、柔らかな声がかけられる。
「あら、カイトさん、シーリィンさん、お久しぶりです」
声の主は受付嬢のリリムだ。彼女はウサギ人で、柔らかな物腰と愛くるしい容姿でギルド員たちの人気者だ。いつも笑顔の彼女に本気で惚れ込んでいる野郎どもは両手の指の数以上。だが、ふわふわとした物言いでもしっかりギルドの門番としての役割は果たしていて、微笑みながら、荒くれ者たちのわがままを手のひらの上で転がしてみせるのだ。
「よぅ、リリム。元気そうだな」
「カイトさんたちもお変わりなく。……そちらのお嬢さんは……?」
リリムの視線が注がれているのは、カイトの腕に抱かれたメリカだ。リリムのその顔を見る限り、商人のゲイルはあれだけ何度も出入りしていたにもかかわらず、メリカのことはまったく漏らしていないようだ。リリムが多少なりともメリカのことを知っていたのならば、もう少し、うかがうような表情になるだろう。
「メリカっていうんだ。仕事の途中で拾ってな。訳アリなんだ」
色々と事情があって孤児になることは珍しくない。カイトの雑な説明に、リリムはそれ以上追求しようとはしてこなかった。
「そうですか……はじめまして、メリカちゃん。わたしはリリムです」
リリムにニコリと笑いかけられると、メリカもパチリと大きく瞬きをしてからはにかんだ笑顔を返す。
「はじめまして、メリカです」
「よろしくね。あ、これどうぞ」
そう言ってリリムが差し出したのは、紅い色をした飴玉だ。
メリカが不思議そうな顔で飴を見て、カイトを見た。
「そうか、飴は初めてだったな。食いもんだよ。甘いぞ」
受け取るように促すと、メリカはおずおずと頷いた。
「ありがとう」
身を乗り出して差し出した小さな手のひらに、リリムが飴をのせる。
さっそく、それを口に入れた途端。
「!」
メリカの顔が、パァッと輝く。
「ふふっ、おいしい?」
「うん!」
大きく頷いたメリカに、リリムも笑みを深くする。
取り敢えず、初めて言葉を交わしたのがリリムだったのが良かったのかもしれない。カイトにしがみついていた力が緩んで、メリカは部屋の中をキョロキョロと見回し始めた。
カイトが下ろしてやると、メリカはすぐにトテトテと小走りで壁に向かう。
「カイト、ねえ、これ何?」
そう言ってメリカが指差したのは、壁一面の貼り紙だ。カイトは彼女の横にしゃがんで答える。
「仕事の依頼だよ。俺らみたいなギルドの連中にして欲しいことを書いて貼っておくんだ。で、俺らはそれを受けて、成功したら金がもらえる」
「お仕事……いっぱいあるんだねぇ」
「まあな」
メリカはあっちに行き、こっちに行き、ミッシリと貼られた依頼書を矯めつ眇めつしている。
ギルエルは住んでいるヒトの数が多いから、ギルドの仕事は数もさることながら内容も多岐にわたる。探し物や家の修繕といった身近なものから旅の護衛や魔物狩りなど腕っぷしが求められるもの、様々だ。
ギルド員が仕事を請け負う流れは二通りあって、一つは、依頼書を自分で選ぶものだ。壁に貼られた依頼書を受付に持って行き、その依頼の難易度がギルド員の能力に見合っているかを評価され、妥当であると判断されれば任務開始だ。
かつては、報酬の額に釣られて力不足な案件に手を出して再起不能になったり最悪の場合は命を落としたりする者が後を絶たなかったらしい。ギルドによる承認制度ができてからも事故が無くなったわけではないが、頻度は激減した。
「カイトとシーリィンもお仕事探すの?」
小首をかしげたメリカに、カイトはかぶりを振る。
「俺らはこっちはあんまり手を出さねぇな」
「お仕事しないの? ――してない、よ、ね?」
メリカの眉が寄った。
そういえば、メリカを拾ってからまだ一度も仕事に出ていなかったか。
「いや、するけどな、俺らは頼まれたらやる感じでな……平和だとあんまり出ることないんだよな」
ぼやきながらカイトは頬を掻く。
ギルド員が仕事を受けるもう一つの方法は、ギルドから直接依頼されるもので、こちらは難易度が格段に上がる。個人的な依頼もあるが、多くは被害が大きいもしくは大きくなると見込まれる魔物討伐だ。カイトたちがメリカを拾った任務も、ギルドから直接依頼されたものだった。
難しい仕事にはそれなりの能力を持つ者が必要で、カイトやシーリィンのように一定以上の力を持つ者は、いざという時にすぐ動けるように、細々とした仕事はあまり受けないのが暗黙の了解となっている。ギルドから依頼される仕事は一般人からのものとは桁違いの報酬になるので、数年に一度動くだけでも食うに困らないのだ。
そこでカイトはふと気づく。
「なあ、シーリィン」
「なんだ?」
「仕事の依頼が来たら、メリカをどうする?」
問われてシーリィンの眉根が寄った。
「どうする、とは?」
「いや、連れてくわけにはいかねぇだろ?」
「何故。私とお前なら特に危険はあるまい」
「そりゃ、かすり傷一つつけさせねぇよ。けど、こいつの体力は幼児並みだろ? 何日も森の中の移動やら野宿やらには付き合わせられないだろうが」
「なら、仕事を受けなければいい」
あっさり言ったシーリィンに、カイトはため息をつく。
「そういうわけにもいかないだろ」
カイトたちに舞い込んでくる仕事は、かなりの危険を伴うものばかりなのだ。彼らが断ったら、他のギルド員に回される。カイトたちよりも、力が劣る者たちに。
それで成功してくれたら良いのだが、犠牲者が出てしまったら後悔してもしきれない。
どうしたもんかとカイトが腕を組んで考え込んだところで、カランコロンと鐘の音が響き渡った。