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魔王育成日記  作者: トウリン
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20/42

得たもの

 カイトは台所にいて昼食の準備をしているところだった。鼻歌混じりに野菜を切っていたらしい彼は、勢いよく飛び込んできたメリカに驚き顔で振り返った。

 メリカの表情を見て、少なくとも悪いことではないだろうというのは判ったのか、鋭かったカイトの眼差しが和らぐ。


「どうした?」

 包丁を置いてメリカの前に屈みこんだカイトに、メリカは握り締めた両手を振りながら弾む声で報告する。

「できたの!」

「できたって――火のアレか」

「そう!」

 メリカが力いっぱい頷くと、顔を上げるより早く両脇に手を差し入れられて、ふわりと身体が持ち上げられた。カイトの満面の笑みが下にある。

「すごいな、頑張ったじゃないか!」

「えへへ」

 大きな声で褒められると今度は妙に照れ臭く、メリカははにかみながらの笑顔になる。

 そんなメリカにカイトはクシャリと笑い、彼女を下ろしていつものように頭を撫でてくれた。


「ホントすごいな。火を出せるようになるだけで何年もかかるもんらしいのに。天才だな、メリカは」

 これでもかと褒められて、メリカはお腹の辺りがくすぐったいような温かいような気持ちになった。

「あのね、シーリィンもね、褒めてくれたの」

 一番嬉しかったことをそっと教えると、カイトの目が丸くなった。

「マジか。あいつが?」

「うん」

「そりゃ、メリカが成功したってこと以上にすごいことかもしれん」

「そうなの?」

 首をかしげたメリカに、カイトは肩をすくめた。

「一緒に行動するようになって何年も経つが、あいつが誰かをほんの少しでも認めるセリフを吐くところは未だに見たことがねぇよ」

「カイトも? カイトはあんなにおいしいご飯作るのに、おいしいって言ってもらえたことがないの?」

「ないな。だからな、あいつにそう言わせたメリカは滅茶苦茶頑張ってるってことなんだよ」

 そう言って、カイトはまた、えらいえらいとメリカの頭を撫でた。


 カイトの大きくて温かな手を感じながら、メリカは思う。

 もっとたくさん、もっと色々なことをできるようになりたいと。

 炎を制御できたことをカイトとシーリィンに褒められたことは、確かに嬉しい。すごく、嬉しい。

 今までは、カイトに褒められるから、カイトが喜んでくれるから、シーリィンにも褒めてもらいたいから、頑張っていた。

 けれど、今、メリカは、褒められて嬉しいのと同じくらい、できたということそのものも嬉しく思っていた。そして、二人の為にできることがもっと増えたらいいと思っていた。

 たとえ褒められることがなくても、二人の為に何かができるということそのものが、メリカにとっての喜びになるだろう。


「ねえ、カイト」

「ん?」

 手を止めて覗き込んできたカイトを、メリカは真っ直ぐに見つめ返す。

「あのね、メリカ、もっとお勉強したい」

「魔法のか? それは焦らなくてもシーリィンに任せておけば――」

「ちがうの。魔法だけじゃなくて、もっといろんなこと」


 今のメリカが知っているのは、カイトのことと、シーリィンのこと。

 カイトが作ってくれる美味しい料理と、シーリィンが教えてくれる魔法のこと。

 メリカの世界はこの家の中と庭と、柵のこちら側から見える範囲の外の世界だけ。

 朝起きて、カイトの手伝いをして、シーリィンから魔法を教わって、またカイトの手伝いをして一日が終わるけれども、きっと、もっと他にも色々なものがあって、もっともっと色々なことがある筈だ。

 それらを、知りたいと思う。


 そして、何より。


 メリカは自分の手をジッと見つめ、ゆっくりと握り締めた。

「シーリィンが言ってたことが、ちょっと解かった気がする」

「あいつが言ってたこと?」

「魔法のお勉強は、シーリィンのためにするんじゃなくて、メリカのためにするんだって。この力はメリカのだから、メリカがちゃんと使えないといけないんだよね」

 一言一言を噛み締めるように、メリカは言葉を口にする。

 自分がシーリィンよりも大きな力を持っているとは思えないけれども、彼がそう言うのなら、きっとそうなのだ。だったらちゃんとそれを自分のものに――自分で扱えるようにしたい。


 何だか途方もないことのように感じられて、メリカはハフッと息をつく。

「メリカ、もっといろんなことを知りたい。知ったら、きっと、もっとたくさんのことが解るようになって、もっともっとたくさんのことができるようになると思う」


 だから、知りたい。


 顎を上げ、真っ直ぐにカイトを見つめてメリカは告げた。驚いたように目を丸くしていた彼はふと眼尻を和らげ、呟くように言う。

「そうか……そうだよな。知るってことは、世界が広がるってことだもんな。お前をずっとここに閉じ込めておくわけにも、いかないもんな。――こうなったら、なあ、おい、俺らも頑張らねぇとだな?」

 最後の言葉は、いつの間にか来ていたのか、戸口に立つシーリィンに向けたものだった。


 水を向けられたシーリィンは、無言で肩をすくめる。気がなさそうにしながらも、以前のようにプイと行ってしまうことなくその場に留まったままの彼の姿に、メリカは花が咲くように破顔した。


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