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魔王育成日記  作者: トウリン
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19/42

恐れるを知る

 上向けたメリカの手のひらの上に、ポッと炎が灯る。

 メリカの拳ほどの大きさのその炎を殆ど睨むように見据え、シーリィンが指示を出す。

「それをゆっくり大きくさせていけ。私が止めろと言ったら、止める。いいな?」

「うん」

 頷き、メリカは言われたとおりに炎を育てる。


 この練習は、今日で三回目だ。

 一回目は急に大きくなってしまって、二回目は変な方に飛んで行ってしまいそうになって、途中でシーリィンに消されてしまった。


 今日こそはうまくできるだろうか。


 メリカは息を詰めて体内の魔素を手のひらから送り出し、炎に変えていく。

 ゆっくり、ゆっくり。

 じわじわと膨らむ炎はやがてメリカの頭ほどになる。

 チラリとシーリィンを横目で見たけれど、彼はまだ何も言わない。


 まだ、なのだろうか。

 大丈夫、なのだろうか。


 不安がよぎると、途端に真ん丸だった炎が揺らいだ。


「集中しろ」

「う、うん」

 鋭い声に、メリカは気を引き締める。炎はゆらりと歪んで再び球形になった。

 見ているだけなら、とてもきれい。

 このきれいな塊はとても危険なものなのだと、実際に力を使う練習に入る前にシーリィンが教えてくれた。触れればどんなことが起きるのかを。


 炎は熱い、らしいのだけれども、メリカはそう感じたことがない。

 いや、違う。

 温度は感じる。けれど、感じるだけなのだ。

 一度、料理をするカイトを手伝っていて、火にかけられていた鍋を触ってしまったことがある。あの時彼は大騒ぎをしたけれど、メリカの手は赤くなりもしなかった。大声でシーリィンを呼びながら、きれいなままのメリカの手のひらを見てカイトは驚いていた。驚いて、「良かったぁ」という言葉と大きなため息を一緒に吐き出して、メリカをギュッと抱き締めてくれた。


 本来、ヒトは――生き物は、炎で焼けてしまったり、強い力で傷ついたりする。

 カイトはそう教えてくれて、シーリィンは、メリカが誰かにそうしてしまうことを恐れている。だから、力を制御できるようにならなければいけないのだと。


 メリカが知っているのはカイトとシーリィン、それに少し前にここを訪れたキツネのヒトだけれども、誰のことも焼いてしまったり傷つけてしまったりはしたくない。

 傷つけば、痛くなる。

 痛いというのは、イヤなことだ。

 カイトやシーリィンが傷つけば、メリカはあの時のカイトのように怖い思いをするだろうし、傷ついていなければ、「良かった」と思うのだろう。

 メリカは、誰にも痛い思いをさせたくない――絶対に、あのトマトのように潰してしまいたくはない。

 だから、魔法の練習をする。

 ヒトを、誰かを、何かを、うっかり潰してしまうことのないように。


 ギュッと唇を引き結んだメリカの前に浮かぶ炎の球は、今や両腕を伸ばしても抱えきれないほどの大きさになっている。

 怖い。

 怖いからこそ、しっかりと掴む。絶対に逃がさないように。


 と、その時、ようやくシーリィンの声がかかった。


「そこまでだ。今度はそれを小さくしていけ」

 お許しが出て、メリカはホッとする。

「うん」

「抑えるときの方が制御を失いやすい。気を付けろ」

「わかった」

 言われた通り、メリカは細心の注意を払って炎を小さくしていく。

 ジリジリと、育てたときの倍の時間をかけて。

 やがて小さな豆粒ほどになったそれを、最後にギュッと手のひらの中に握り締めた。魔素の欠片も残さず消え失せたことが、感じられる。


 やった。

 今日は最初から最後まで、メリカ独りでできたのだ。


 思わずほぅ、とメリカがと息をこぼした時。


「メリカ」


 一瞬、耳を疑った。

 メリカ、と、シーリィンの声で聞こえた気がしたから。

 半信半疑でシーリィンを振り返れば、彼は何だかしかめ面をしていた。

 怒っている、訳ではないようだが。

 ジッと見つめていると、シーリィンは何かを言いかけ、そしてギュッと唇を引き結んだ。

 何だろう。

 メリカはいたたまれない気持ちでもじもじと指をいじる。

 ちゃんとやれたと思ったけれど、何かがダメだったのだろうか。


 うつむいたメリカの耳に、再び、声が。


「メリカ」


 やっぱり、間違えではなかった。

 シーリィンが、メリカの名前を呼んでくれたのだ。こんなこと、滅多にない。今まで呼んでくれた回数を、覚えているくらいに。

 嬉しくて、メリカは、たとえこれから怒られるのでも構わないという気持ちになる。

 パッと顔を上げたメリカに、どうしてか、シーリィンはたじろいだように微かに顎を引いた――ほんの一瞬だけ。


 そして。


「よくやったな」

「え?」

「今日はうまくできていた」

 言いながら、シーリィンはいつもの仏頂面だ。


 けれども。


 褒めてくれた。

 シーリィンが。


 元々晴れた日だったけれども、なお一層、陽射しが強まった気がする。

 胸の中で大きな花が咲いたような心持ちになって、メリカは自然と笑顔になってしまう。


「ありがとう!」

 思わずそう言ったメリカに、シーリィンはムッと眉根を寄せた。

「何故、感謝の言葉が出てくる」

「だって、うれしかったから」

 シーリィンは大事なことを教えてくれて、頑張ったメリカをちゃんと褒めてくれた。

 これで嬉しくならないはずがない。ピョンピョンと飛び回りたいくらい、嬉しい。

「メリカ、もっとがんばるよ!」

 勢い込んでそう言えば、シーリィンは呆気に取られた顔で頷いた。

「あ、ああ……」

 そんなシーリィンにまた満面の笑みを投げ、メリカはくるりと身を翻す。

「カイトにも、できたよって教えてくる!」

 そう残して駆け出した。


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