『うれしい』の作り方
今日も朝から良い天気だ。
メリカは真っ青な空と輝く太陽に向けて、ググっと背伸びする。
「メリカ、こっちだ」
「あ、うん」
呼ばれてメリカは、カイトに駆け寄る。
カイトと一緒に外に出たメリカが連れて行かれたのは、家の隣にある畑だ。
辺り一面青々として、メリカよりも背が高いものから、地面に並ぶように生えているものまで、とにかく、たくさんの草がある。畑とは、野菜や果物、ヒトが食べるためのものを育てる場所なのだと、カイトは教えてくれた。
「ここはシーリィンの魔道具で、一年中、いろんな野菜が採れるようになってるんだ。すげぇだろ?」
「すごいの?」
メリカがキョトンと見上げると、カイトは「ああそうか」と呟いた。
「そうか、そこからか。普通はな、咲く花とか採れる野菜とかは、季節によって違うんだよ」
「ふぅん?」
じゃあ、季節とはなんだろうと首を傾げたメリカにカイトが苦笑する。
「まあ、そこら辺はおいおい判るだろ。取り敢えず、いつでも好きなもんが食えるのはすげぇことなんだ」
「そうなんだ」
「そう。――教えることが多すぎて、どこからやったらいいのか判らねぇな。普通ならいつの間にか知ってるようなのも教えてやらねぇとなんだよな」
カイトはブツブツと何やら呟いている。どういう意味だろうかとメリカが見上げていると、カイトは大きな手でくしゃくしゃと彼女の頭を撫でてきた。
「何でもねぇよ。よし、じゃあ始めるか。欲しいのはキャベツとニンジン、それにトマトだ。ハサミの使い方は教えただろ? メリカはトマトを採ってくれ。傷付けないようにな」
そう言いながら渡されたハサミを、メリカはシャキンシャキンと動かしてみる。
「そうそう。指は切るなよ。トマトはここな。何回か見たことあるだろ?」
カイトが指差す先には、赤いものがいくつもぶら下がった草が生えていた。確かに、色は見慣れたものだが。
今、メリカの目の前にあるものは、丸くてつるんとして。
「……いつもと違う」
「そりゃ、飯に出すときは切ったりなんだりしてるからな。元々はこうだ。採ったらこの籠に入れてくれ。昼と夕の分もだから、六つな。六。判るだろ?」
「うん!」
メリカは力いっぱい頷いた。数の数え方は、十までなら教わっている。
「よし、じゃあ、頼んだ」
「たのまれた!」
両手を挙げて応えると、もう一度くしゃりとメリカの頭を撫でて、カイトは離れていった。
トマトの畝に残されたメリカは、真っ赤な実に手を伸ばし、掴む。
と。
「――あれ?」
メリカが上げた声に、カイトが振り返った。
「どうした?」
「ぐしゃってなった」
メリカはビタビタになった手を挙げて見せる。
「ああ、力入れ過ぎたんだな」
「どうしたらいいの?」
「潰さない加減を覚えな」
カイトはそれだけ言って、また背を向けてしまった。
メリカはむぅと唇を尖らせる。
もう一度トマトに触れて、持つ。
ハサミで切ろうとして――トマトを掴んだ手にも力がこもった。
また、ぐしゃり。
「もう!」
トマトを持つ方はそのままで、ハサミを持つ手にだけ力を入れなければ。
三度目の正直で、今度こそ。
ちょきんと切って、トマトはそのまま――で、落ちた。
「あっ」
慌てて拾ったけれど、地面にぶつかったところが割れてしまっている。
「……」
そっと持ったら潰れないけれど、ちゃんと持たないと落ちてしまう。
ハサミを使うときも、トマトはギュッと持ってしまわないように。
メリカは細心の注意を払って、トマトに挑む。
そして。
「できた!」
手の中にあるトマトはキレイなままだ。
コツを掴んだメリカは、次のトマトに手を伸ばした。
今度も成功。
四つ、五つ、そして最後に六つめのトマトをそっと籠に入れて、メリカはふぅと息をついた。
「お、できたか」
その声に振り返ると、メリカの頭と同じくらいの大きさをした黄緑色の玉とだいだい色の短い棒をいくつか手にしたカイトが立っていた。
「できた! ……でも、三つダメにした」
しょぼんとうなだれると、大きな手が頭にのって、わしゃわしゃと撫でられた。
「三個くらいなら上出来。できるまで頑張ったんだからえらい」
えらいと言われながら髪をクシャクシャにされると、メリカのお腹の中がぽかぽかと温かくなった。少し前に、こんなふうに感じるのは『うれしい』ということなのだとカイトが教えてくれた。『うれしい』は、とても心地良い。
「手伝ってくれてありがとうな」
手伝うは、カイトのすることを一緒にすること。
ありがとう、は――メリカはコテンと首をかしげる。
「ありがとう、は、何?」
「ん? そうだな。お前のしてくれたことが嬉しいよってことかな」
「うれしい? メリカがトマトとって、カイトがうれしい?」
「ああ。嬉しいよ」
カイトの言葉でメリカの中の温もりが増す。
カイトがうれしいと、メリカもうれしくなるらしい。
「うれしいはうれしいを作れるんだ」
満面の笑みで見上げたメリカに、カイトが目を丸くした。そして、ニッと笑う。
「そうだな。よし、じゃあ。うまい朝飯でもっと嬉しいを増やすか」
「うん! メリカ、ふわふわのたまごがいい!」
笑顔で頷くと、カイトはまたくしゃりとメリカの頭を撫でてくれた。