力の使い方
「本当にこっちにいるのかよ?」
太陽もかくやという力を感じる方へと進むシーリィンに、カイトが半信半疑の声で問いかけてくる。
「疑うなら独りで探せ」
振り返りもせずに答えたシーリィンに、カイトは、別に疑ってるわけじゃねぇけどよ、とぶつくさ呟いている。
「結構家から離れてるぜ? こどもの足でこんなところまで来るか?」
「少なくとも方向は合っている」
「方向だけかぁ。こう、ズバッと場所判んねぇの? 魔法でさ。いつも魔物探すときにやってるやつとか」
「アレの魔力が強大過ぎて、近づくと感覚が振り切れて役に立たない。だから大まかの方角しか掴めない」
「そんなもんかぁ。しっかし、ここらは一応安全な筈だけど、獣はそこそこうろついてるしよ。早く見つけてやらねぇと」
カイトはそんなことを本気で心配しているらしいから、シーリィンは呆れる。
「獣の一匹や二匹に遭遇したところで、アレにとっては敵じゃない」
「そうは言っても、怖がるかもしれないだろ?」
「だとしても、一瞬で消し炭にするさ」
シーリィンは肩を竦めて投げやりに返した。何に襲われようと、きっとアレは、息をするより簡単に敵を駆逐することができる筈だ。
「じゃあ、襲われて怖くてそのすんごい力ってやつが暴走したらどうすんだよ」
「それは――」
考えていなかった。
「そういう危険を恐れるなら、やはり今のうちに手を打つべきだろう」
結局、そこに行きつくのだ。
アレがカイトたちに警戒心を抱いていない今なら、どうにかできる。
だが、シーリィンの台詞に、カイトはため息を返した。
「お前って奴は、ホントに……」
「私は間違っていない」
「間違っちゃいないかもしれねぇけど、肝っ玉が小せぇよ」
「どういう意味だ」
「そのまんまだよ。お前が言うのは、何も悪いことしてねぇ奴を、何かするかもしれねぇから潰しとけって話だろ?」
「何か起きてからでは遅いからだ」
「何か起きるとは限らねぇじゃねぇか」
「だが――」
両者の意見は平行線のままで、交わる気配は微塵もない。
譲らないカイトに振り返ったシーリィンは、彼の顔に浮かぶ表情に口を噤んだ。どんな窮地でも消えないヘラヘラとした笑いが、今は消えている。
思わず立ち止まったシーリィンに、カイトが顎をしゃくって先を急ぐよう促してきた。歩きながら、カイトが口を開く。
「力ってのはさ、使い方次第なんだよ。俺もお前も、他の奴らより強いだろ? でも、悪いことはしねぇ。俺らはこの力の使い方を知っているからだ。ヒトとして、どう使うべきかを、な」
「アレはヒトでは――」
「ないってんだろ? まあ、聞けよ。俺が孤児院で育ったってことは、話しただろ? 俺の母親は気づいたときにはもういなくてよ、十かそこらの時に親父が死んでな。そこから孤児院に引き取られたんだが、親父は俺に言うこと聞かせるために殴るって奴だったから、俺も自分の望みを叶えるには殴って奪えばいいって感じでよ。欲しい玩具があれば殴る、もっと食べたけりゃ殴る、ってな。自分よりデカいのも――小せぇのも、こっちの言うこと聞かなきゃ殴ってたんだよ」
カイトはハハッと乾いた笑い声をあげたが、シーリィンはもちろん笑えなかった。
シーリィンは誰かを殴ったことも殴られたこともない。そういう暴力とは、一切無縁だった。
押し黙っているシーリィンに構わず、カイトが続ける。
「手に負えない悪ガキもいいとこだった俺がなんかやらかすたびによ、院長先生が懇々と説教するわけよ。何度も何度も、こっちがうんざりするほどな。けど、絶対に手は出してこなかった――俺が先生のことを殴っちまったときでさえ」
「! 院長、を……?」
仕事の中にはヒトが相手の時もあるが、カイトは無抵抗の者には決して力を振るわない。どんな悪党が相手でも、必ず警告してから行動に移す。
少なくともシーリィンが知るカイトは、そういう人間だった。そんな彼が、恩ある者に手を上げたなんて。
息を呑んだシーリィンに、カイトが苦笑を浮かべる。
「院長はさ、良くねぇ行動を取るのは、良いやり方を知らないからだってのが口癖でさ。俺にも、お前が人を殴るのはそれしか知らないからだ、もっと良い方法を知れば、殴らなくなるってさ。いくら言っても同じことを繰り返す俺を、あの人、本気で信じてたよ。いつかは変わるってな。まあ、実際、殴るより口で遣り取りする方が得るものがあるって解ってからは、殴ることはなくなったけどな」
「それは、当たり前だ」
「まあそうだけどよ、でもな、俺にとっては言葉より拳だったんだよ。それしか教わっていなかった時は」
だからさ、と、カイトはシーリィンを見る。
「メリカにも教えてやりたいんだよ。ヒトの中で生きていく方法を。確かにあいつにはすげぇ力がある。だが、力はただの力だ。その力をどんなふうに使うかは、まだ決まっていねぇんだよ。まだこれからなんだ。そういう意味では、昔の俺よりマシだろ?」
自虐の台詞にシーリィンが応じる前に、カイトはキッパリと告げる。
「せっかくあいつは俺らと同じカタチをしていて、俺らと同じ言葉を話してんだ。だったら、俺らと一緒に生きていけるようにしてやりたいんだよ。……俺がそうしてもらったように」
いつしか足を止めていた二人は、再びどちらからともなく歩き出す。それからは言葉を交わすこともなく。
黙々と魔力の濃い方へと足を進めながら、シーリィンはカイトの言葉を思い返していた。
カイトと同じようにいくわけがない。
アレは、次元が違う存在なのだから。
シーリィンの中に、その考えは深く根を下ろしている。
だが、カイトの告白で己の中に小さな変化が生まれたことも、シーリィンは気づかずにはいられなかった。