どうしたら良いのだろう
いったい、どこまで行ったらいいのだろう。
『ここから出て行け』
シーリィンの言葉に従ったメリカは、彼の部屋から出て、家を出て、駆けていた足を止める。
キョロキョロと辺りを見回して、途方に暮れた。
彼に言われた通りに出てきたけれど、その先をどうしたら良いのか判らない。
もう家は見えないし、どこに行ったらいいのか、いつまで出ていたらいいのか、さっぱりだ。
もう一度、家がある方を振り返り、少し考えこんでからメリカは歩き出す。家とは反対の方向へ。
とぼとぼとしばらく行くと、大きな木が見えてきた。近づいてみるとポカリと空いたウロがある。
メリカは淵に手をかけてよじ登り、そこに潜り込む。
ウロの穴から見える空は、カイトの目のように真っ青だ。その色が、メリカは好きだった。
膝を抱えて小さく丸まると、メリカの身体はそのウロに丁度すっぽり収まった。
メリカは、かつてこんなふうに、いや、もっと閉じた――殻に包み込まれていたことがある。けれど、その頃は、何というか、半分眠っていたようで、あまり覚えていない。はっきりと思い出せるのは、自分を包んでいた殻が割れて、外の空気に触れてからのことだけだ。
そして、その時、メリカは『自分』を知った。
それまではふわふわとして何も感じることなくまどろんでいたけれど、殻が割れた瞬間、たくさんのことが押し寄せてきたのだ。
耳に届く音。
肌に触れる風。
眩しい光。
様々なにおい。
――それらの感覚を刺激されて、メリカは、初めて『自分』という存在を自覚した。
そして、そんな彼女が最初に自分以外の存在として認識したのが、カイトとシーリィンだ。
出会ってすぐは、二人から向けられるのはあまり心地良くない感覚だった。ヒリヒリした、イヤな感じ。
二人は何か音を――今なら『言葉』だと判る音を発していて、途中で何度かメリカに眼を向けてきた。
音の響きも向けられる眼もイヤな感じで、よく解らないけれども、メリカはとにかく二人にそれを向けるのをやめて欲しいと思った。
そうしたら、どうしてか二人のうちの一人、カイトの方から届けられるものがコロリと変わって、突然殻の中から持ち上げられたのだ。
(あれは、うれしかったな)
温かな手の感触と、向けられた笑顔。
どちらも、とても心地良かった。
引き寄せた膝に頬をのせて、メリカはあの時のことを思い出す。そして、それからの日々のことを。
カイトが話しかけてくれるから、解りたくて、一生懸命言葉を覚えた。
カイトが笑いかけてくれるとぽかぽかと身体の中が温かくなるような感じがして、笑うことの意味を知った。
メリカは、カイトが話しかけたり笑いかけたりしてくれるのが、好きだ。だから、シーリィンにも同じようにして欲しいと思う。
(なのに、どうして、シーリィンはカイトと同じようにしてくれないのだろう)
シーリィンのことも知りたいと思って話しかけても、カイトのように応えてくれない。
カイトが笑ってくれるとメリカも笑いたくなるからシーリィンにも笑ってみるのだけれど、うまくいかない。
いつも、プイッと離れていってしまう。
彼にそっぽを向かれると、メリカはチクチクと身体の真ん中が痛くなる。
(シーリィンは、どうしたら笑ってくれるのかな)
笑って欲しいし、話したい。
シーリィンの言うことを聞いていたらどちらもできないけれど、聞かなかったら嫌がられてしまう。
じゃあ、いったい、どうしたら良いのだろう。
ふぅと息をついたメリカは一層小さく丸まって、うとうととまどろみ始めた。




