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それぞれの思惑 9

 カモちゃんと瀬尾と教室で別れ、下駄箱で革靴に履き替える。運動部の掛け声や日差しに送られ、春の強めの風に吹かれながら、歩道を歩く。

 学校から自宅まで、徒歩十五分。自転車の方が早いけど、万が一の事故が起こった場合にかばえないため、お姉ちゃんと相談して徒歩にすることにした。その十五分間で行っていることがある。


「今日は何があったの?」

「何で帰り遅れたの?」


 業務連絡だ。


 真顔で淡々と問うお姉ちゃんは、先ほどと別人だ。それには理由わけがある。

 学校では、監視をされているからだ。誰にって?お姉ちゃんの許婚フィアンセに。


 だから、お姉ちゃんは心休まる時間が少ない。緊張状態に置かれていることが多いため、私と二人の時はだいたいこんな感じだ。影武者の私には、気を使う必要がないからだ。


「あんたのせいで料理開始までギリギリなんだけど。Suiすいに責められるのあたしなんだけど」

「…ごめんなさい」

「今日、覚えときなさいよ」


 お姉ちゃんは、婚約者のSuiに言われ淡成家の家事を担当している。お姉ちゃんが、かもちゃんに『花嫁修行』と言ったのは間違いではない。毎日、お姉ちゃんが家事をしている姿を許婚に見せなければならないのだ。


 私には、Suiがどんな人物なのかは分からない。両家の親に勝手に結婚を決められた相手であり、今では学校や家事の様子を監視している男。そして…淡成家の両親が身の安全のために実の子どもを置いて逃げたという、危険人物だということ。さらに、わざわざお姉ちゃんを嫁に迎えるために私という影武者まで用意したというのだから、アウトローな人なのかもしれない。


 どうして、余計な人まで寄って来るのだろう。最短時間で、運命の人を寄越せばいいではないか。お姉ちゃんを狙う男は、明らかにお姉ちゃんの運命の人ではない。


 会社のビルやマンションの影になる、歩道を進む。交通量はそれほど多くない。

 そうは言っても、何かのアクシデントにより歩道に車が突っ込んで来るかもしれない。婚約者を誘き寄せるために、お姉ちゃんが人質として誘拐されるかもしれない。警戒は怠らない。影武者の役目だ。


 人目が少ない道を過ぎると、高級な一軒家が見えて来る。私たちの住む家だ。白とグレーの明るく優しい色合いで、両端には鮮やかな色の草花が生い茂り、レンガの小道の先には白い扉の入り口が待ち構えている。家の側には大きな車庫があるが、車の所有者は不在なので車はない。庭にはバーベキューコンロが置いてあるが、もう何年も使っていない。

 この家は、私たちを反映しているみたい。見せかけだけの、異質な存在。


 黒い大きな門をくぐり、コツコツとローファーの底を鳴らして進むとチューリップ、ネモフィラ、マーガレット…次々と現れる花々。

 それに紛れ、黄色の水仙すいせんが潜んでいた。


 玄関に入ると、お姉ちゃんは急いで髪をまとめ、手洗いうがいをし、部屋着に着替え、お風呂を沸かす準備をしてからエプロンをして、スマホの画面の接続をする。焦りが見え、お姉ちゃんの中で許婚の存在の大きさを知る。

 しばらくすると、お姉ちゃんの話し声が聞こえ、野菜を刻む音が始まった。私は、お姉ちゃんの姿を胸に刻み、自分の部屋に引っ込んだ。


 しばらくすると、玄関の開閉音がした。天宇そらが帰ってきた。天宇は弟だ。中学二年生。今頃、ムスッとしたツラして、洗面所で学ランを脱いでいるに違いない。


 淡成家ではルーティンがあり、天宇が先にお風呂に入り、出て来る頃には料理ができているので、みんなで食事をする。その後、お姉ちゃんが食器洗いをし、お風呂に入り、最後に私だ。


 お姉ちゃんの家事の負担を考えると手伝いたいが、許婚の目がある。以前、手伝ったことがあるがSuiにバレ、お姉ちゃんに罰が下った。不眠で家事をし続けろと。

 Suiという男は、何様で何者なのだろう。結婚したら、お姉ちゃんを家に閉じ込めて、家政婦のように扱い、奴隷のようにこき使う気じゃ…ゆるさない。絶対に赦さない!


 スマートフォンにメッセージが入った。食事ができたみたいなので、階段を降りてリビングに向かうと、美味しい匂いで満たされていて、反射的にヨダレが出て、空腹でお腹が鳴った。

 左手でお腹を押さえながら、ほかほかと湯気をたてて、出来立てだとアピールしている料理をガン見する。メイン料理は豚の角煮だ。副菜として、かぼちゃの煮物、にんじんともやしと小松菜の三色ナムル。汁物は、しじみ汁。そして、白米。食後には、デザートが出てくるだろう。


「見過ぎ。きもい」


 お風呂上がりで、濡れた髪を首にかけた白いタオルでわしゃわしゃしながら暴言を吐く男、天宇。ロゴが入った黒いTシャツに、膝にかかるくらいの半パンを緩く着ており、細身が強調される。ボサボサの…いや、ボッサボサの髪から漆黒の瞳が私を捉えていて、私に向けられた言葉だとはっきり分かる。そもそも、お姉ちゃんに対して暴言を吐いているのは聞いたことがない。



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