それぞれの思惑 8
私の返答にガッカリした表情を見せ、私の隣に並び直す。
「そっか。低音がしっかりしてて、胸にズキュンとくるイケボだったな〜」
「かもちゃんが聞いたのって『おい』だけじゃないの?」
「おい」
聞き慣れた声が入ってきて、肩に手が置かれる。私とかもちゃんを抱くように、体重をかけてくる。
「どう? 俺の声?」
「瀬尾く〜ん。嫉妬?」
「うん。嫉妬」
「きゃ〜!」
「月奈への愛なら、いくらでも囁くよ」
「だって〜! ツッキー!!」
「私も囁いてあげるよ」
「「え?」」
「瀬尾、離れろ? しばくぞ」
瀬尾とかもちゃんが吹き出した後、村坂と水波さんが一年三組から離れていく。村坂は顔が小さく、足が長く、モデルみたいで、その隣の水波さんは線が細く、華奢で、お似合いだった。
「あ、顔面ランキング二位の水波さんじゃん!」
「教室に淡成日奈がいたのに見なかったな、あいつ」
かもちゃんと瀬尾に同時に話され、どちらがどんな内容を話しているのか、聞き取れなかった。聞き返そうと横を向くと、教室の中で私の席に座っているお姉ちゃんの姿が目に映った。
窓からの風で揺蕩う艶のある絹のような髪、手元のノートを見るために伏し目がちの表情、手に握られた色鉛筆は白い肌を強調させる。
光に包まれるその姿は、神の御加護なのか?言葉では形容できない美しさに、言葉を失い立ち尽くしていた。
「"あの"淡成日奈に興味ないなんてことは、あり得るのか?」
瀬尾から、言葉が溢れ落ちる。
もし、あの姉に興味がない人がいるとするならば“自分は大勢の中の一人にならない”という信念を持った人か、余程の理由がある人かだろう。好みもあるだろうけど、美しい人は見てしまうものだと思う。
「月奈…?」
沈殿、ろ過、加熱殺菌の処理をされた天然水のように、濁りのない透き通った声が響く。その声は心地よく、癒し効果まである。
「もうっ。待ったんだけど。遅いよ!」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、キッと鋭さを感じる目でこちらを睨みつける。怒りの目で、普段より小さくなりがちだけど、それでも大きく、迫力が違う。
数秒、痛い視線を向けられたが、次第に目尻は下がり、口角は上がった。
「あ。月奈のお友だちの……かもちゃんと瀬尾、くん!」
「え。名前、覚えてくれたの?」
かもちゃんが嬉しそうに反応する。入学初日に会ったぶりだったかな、この三人は。
「覚えるよ! 月奈の大事なお友だちだから」
太陽のような笑顔は、目を細めてしまうほど眩しい。しかも、その笑顔は私のための笑顔で。とろけたように笑うその表情は、一撃必殺技の破壊力。
「瀬尾くんも、月奈の友だちってことでいいんだよね?」
「……」
瀬尾からの返事はない。瀬尾はと言うと、お姉ちゃんに釘付けだった。まるで、石化されて時を止められたように。
「瀬尾くん…?」
ハッとした瀬尾は、慌てて口を開いた。
「あああ、月奈と似ているなって改めて思って…!」
「そうでしょ。双子だからね」
お姉ちゃんは私の席へと戻ると、机に乗ったノートや色鉛筆を片付け始める。かもちゃんが、そーっとノートの表紙を盗み見しようとしていた。
「ん? ノート? 気になる?」
お姉ちゃんは、隠すことなくノートを手に取ると、かもちゃんに渡した。かもちゃんが許可を求めるようにお姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんが頷き、それを合図にかもちゃんは喜び、期待をしてノートをペラペラと捲った。
「………レシピのノート?」
「うん。自分が作った料理をまとめたノートなんだ。料理のイラスト、材料、作ってみた感想、評価…一つ一つノートに書き込むことでレベルアップしてことを認識するの」
「淡成家の料理担当は、日奈さんなの?」
「料理…というか、家事担当かな」
「家事を全部?!……失礼かもだけど、ご両親は?」
「健在で〜す」
「そうなの?」
「うん。家事をやってるのは、花嫁修行的な?」
「え〜何それ?」
「ふふふ。ウケた?」
「面白いんだね、日奈さんって。もっととっつきにくい人なのかと思ってた〜」
「よく言われる」
笑顔だけじゃない。心も太陽みたいで、周りの人に光を分け与え、体を温め、笑顔にさせる。
でも、近すぎると火傷どころか、溶けてなくなっちゃうから適度な距離で。時には、その熱を隠して。
「さ、月奈。帰るよ」
「毎日一緒に帰ってて、仲良いよね」
「月奈とは、夜更かしでガールズトークするぐらいの仲かなっ」
「え〜恋バナかあ。いいね〜」
「かもちゃん」
「うん?」
「瀬尾くん?」
「…おう」
「これからも、月奈と仲良くしてあげてね」
ウインクで星が飛ぶ幻を見させる。私の大好きな、お姉ちゃんだ。