それぞれの思惑 7
階段から上がってきたのか、息を乱しながら顔にかかるショートボブの髪を耳にかけたのは、かもちゃんだった。
目を丸くし、私と村坂の顔を交互に見た。
「わ〜村坂くんを間近で見るの初めてかも〜。初めまして! 嘉森千加です」
「……」
村坂は、かもちゃんに興味がないかのように視線を外す。
私の手からスマートフォンを奪うと、自分のスマートフォンを右手に私のを左手に持ち、慣れた様子で操作し始めた。
「連絡先交換してるの? よかったらあたしも……」
「おい」
左手に持っていた私のスマホを投げ、慌ててキャッチする私を見ることなく、右手にスマートフォンを握ったまま自分のズボンのポケットに入れた。流れるように左手もポケットに突っ込むと、背中を向け歩き出した。
「あーん。あたしも連絡先知りたかったのに……照れ屋なのかなっ」
村坂を見送るその恍惚とした眼差しは見覚えがある。村坂派の女子たちと完全一致だ。
まさか…! かもちゃんまで!?
「か…かもちゃん!」
「それに遊び人と噂されてるのにあたしに無関心な感じ。もしかして硬派なの〜!?」
「かもちゃん……」
「いいな、ツッキー。何話してたの?」
興奮冷めやらぬ様子のかもちゃん。キラキラと光る美しい瞳やポッと火照る頬、上がりっぱなしの口角に村坂のことをどう思うかなんて聞くまでもなかった。
私は、かもちゃんのことも大事だ。かもちゃんにもああいう男には引っかかって欲しくない。かもちゃんの目を覚まさせなきゃ!
「私を奴隷にするんだって」
「ど…奴隷……?」
「うん。ほら? 村坂の周りって綺麗な人ばかりじゃん? 私みたいなブスが気に入らないみたいで、いじめるんだって」
「へえ……」
「かもちゃんは可愛いからさ。奴隷にさせられることはないだろうけど…そういう人ってこの世にいるんだね。びっくりしちゃった」
「そうなんだ。なんだ…てっきりあたし……」
裏の村坂を知ったかもちゃんは急に煌めきをなくすと、落ち込んだような表情を浮かべる。
誰にでもいい面、悪い面はあるものだけど、想像以上だと戸惑ってしまうこともある。私はもちろんだけど、かもちゃんも村坂の本性に戸惑いを隠せないだろう。
「好きになる前に知れて良かったかも。それにしてもツッキーを奴隷に!? 許せない! 十九位って言っても百人中なのにね。やがて、全員いじめる気なのかな」
「うーん…どうだろうね?」
「あたしが代わろうか!? ランキングはおかしいと思ってたし、あたしはツッキーよりもブスだから」
「かもちゃんの顔の良さは、証明されてるんだよ。それに、ブスっていうのは"お姉ちゃんよりも”っていうのがあるのかもしれない。だから、私なのかも」
「……ツッキー」
心配そうに眉毛を下げ、私の髪の毛をぐしゃぐしゃにした。髪が絡まるからやめてと言いたかったけど、慰めてくれてるんだろうとも思い、黙ってされていた。
私も、クズだ。お姉ちゃんのためなら、村坂に性病を移しても構わないと思ってる。かもちゃんを村坂から遠ざけられるなら、どんな嘘もついていいと思ってる。
守りたいものを守れれば、それでいい。そのためなら、クズでいい。
「ところでかもちゃん。どうしてここに?」
教室に戻る道を、同じ歩幅で歩く。同じ短めの髪型が揺れ、同じ化粧っ気のない顔、同じデザイン制服……違うのはリボン・スカートかネクタイ・ズボンかぐらい。
集団生活で規則に縛られると、没個性になりがちだ。でも、そんな中でも個性が光る人はいる。外見だけの美しさではなく、内面からの美しさ。
「忘れ物しちゃって。片かぎ針を教室に置いてきちゃった。今夜から新作に取り掛かろうと思ってて、頭いっぱいになってたら、肝心のかぎ針を忘れるとは」
「そうなんだ。楽しみにしてるね、あみぐるみ!」
「うん!」
かもちゃんは、女性なら身につけた方がいいとされる料理や裁縫などが得意らしい。一言で言うなら、家庭的ってやつだろうか。川原も、そう言う意味でもかもちゃんにメロメロだ。
共働きの時代だが、女性に家事の能力を望む男性は多い。逆もまた然り。
「そういえば!」
かもちゃんが、くるりと私の前に移動する。ひらりとスカートが、それに合わせて踊る。両手を後ろで繋ぎ、少し猫背になり、私の顔を覗くように見上げた。……かわいい。
「村坂くんさ〜、近くで聴くといい声できゅんとしちゃった! ツッキーはどう思った?」
「え……」
思わぬ質問に、言葉が詰まる。二十メートル先ぐらいの私たちの教室の前にいる村坂と水波さん。水波さんが村坂に話しかけているみたい。
村坂が…いい声? 村坂の声を思い出そうとしても、特に印象が残ってなくて思い出せない。
「なんとも思わなかったけど」