番外編 1-2 完
「トイレに行っている間に聞いたんだけど、メニューは“おまかせ”の一つなんだって」
「へー」
「『お客様に合った物をお出しします』って言われた」
「そうですか」
俺にとって、彼女となにを飲食するかはそれほど重要ではないため、気にならなかった。クレジットカードを使えるようだし、上限が表示されていたためお金も気にならなかった。
温かいおしぼりで手を拭きながら、彼女の手を眺める。月奈と同じくらいの手だけど、月奈の方が骨ばって華奢な印象だ。
「なんか今、失礼なことを思われている気がする」
ジト目を向ける彼女は鋭い。言葉にも表情にも出していないはずなのに、思っていたことを見抜かれた。
「なに? もしかして、あの子のことを思い出してた?」
他人のことをよく観察しているのだろう。でもそれは、いいことでありあまりよくないことでもある。
「まぁ……はい」
否定してもバレてしまう可能性が高かったため、白状した。すると、彼女は呆れた顔をし、窓へと視線を外した。
「はぁあ、惚気ですか」
「そういうわけじゃ「じゃあ、どういうわけ?」」
遮られたことと戻された視線により、圧を感じて黙る。扱いにくさは月奈と同等かな。
「ねぇ、また考えてるでしょ? あの子のこと。分かるからね〜」
頬をぷくっと控えめに膨らませると、そのままため息を吐かれた。
「今日もその子のための外出ですか〜?」
実はそうなのだ。月奈が部屋が殺風景だとぼやいていたので、探しに来ていた。そこで、小さな置物をみつけたので、プレゼントをしようとしていたのだ。
「まぁ……はい」
「見せつけてる?」
「そんなことは「ある」」
機嫌を損ねたらしく、お茶が運ばれるまで棘のある言葉を発していた。あの時こうだった、今はああしている、あなたたちはどうなの?と聞きたいことだけ聞いてきて、ほとんど一方的だった。
「お待たせいたしました」
テーブルに置かれた湯呑は黄暁焼というものだと思う。とても珍しい代物だ。彫られている模様は花柄のようだが、なんという種類かは分からない。
まさか、このお店はそういう貴重な物を扱っているのだろうかと思い、目を凝らすと、奥の方に和雑貨が展示されているみたいだ。
あとで見てみよう。撮影の許可が出たら、月奈にも見せよう。きっと、「すごい」っていいながらそれに纏わる話ができるだろうから。
中には若草色の液体が入っている。口に含むと、緑茶だった。でも、器で感じ方が変わるものだなと驚いた。
「うまっ……あ、声でちゃった」
「美味しいですね」
彼女が飲んだものはなにか分からない。だけど、それでいい気がした。それが、いい気がした。
「人の変化を気にしていて疲れませんか」
こと、と音を最小限にして湯呑を置いた彼女。その顔が表す感情は俺には判断できない。
「疲れる。疲れるよ」
キラキラした瞼が伏せる。落ち込ませてしまったかと思い、反省する。彼女は楽しい話をしたいだけかもしれないのに、悲しくなる話題を出してしまった。その表情をさせるつもりはなかったのだ。ただ、彼女が無理をしている気がして。それだけだった。
「あたし、自分が分からないんだ。でも、他人の感情はなぜか分かる。だからなのかな。意識しているわけじゃないの」
「そう……ですか」
「和を大切にしろって教育だったし、そうしてきたの。そしたら、こうなってた」
「……」
「自分を抑えて、他人を大事にしてた。それで均衡が保たれてたと思ってたけど、自分が分からないと自分はおろか、他人を傷つける時がくるらしい」
店内に流れる有線が、彼女の負の感情を表現しているようだった。俺はなんという言葉をかけるのが正しいか分からなかった。正しさを求めているはずなのに、未だに正しさが分からないんだ。
「間違えたくなかったのにね」
的を射た言葉だった。ドキッと心臓が強く打つ。
「あれ? びっくりしてる?」
小さく笑う彼女になにも言えなかった。視線を逸らすと、さらに彼女は笑った。
「正解があるなら、教えてほしかったと思う。もう、遅いけど」
時は着々と進んでいるのよね、と彼女は呟くと喉を潤した。
「月奈は」
彼女が、俺のこれから話すことに注意を向けるのが分かる。
「受け入れようとしているよ」
「なんだ、その話? そんなことは、知ってるよ」
「今でも」
「……」
相手が大切だから、間違えたくないと思う。そのことに彼女は気づいているのだろうか。
俺は、攫われて“普通”から離れてしまった時にもう間違えたくないと思ってここまできた。それが裏目に出ることもあった。
だけど、やっぱり今でも間違えたくないと思ってる。言動の重みを知っているから。これ以上自分を、他人を……大切な人を傷つけないために。
俺と彼女は、月奈に執着するという点で同じだったのだ。
早く月奈に会いたくなった。電子レンジやオーブン、ドライヤーを一気に使ってブレーカーを落としてしまう月奈も、一緒にゲームしてる時にキャラクターを『かわいい』といいながらボッコボコにする月奈も愛おしく思う。俺はお前と見たいものがあるんだ。
ーーー…
店内に残った彼女が「まーくん、迎えにきて」と甘えた声で言い、電話の向こうで驚かれ、彼女が新たな一歩を踏み出したことは知らない話だ。
終
番外編に最後までお付き合い下さりありがとうございました。楽しく書けたので私は満足です。皆様も、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。




