暴走のその先に 17
快晴の空は青く澄んでいて、見るだけで気持ちが晴れてゆく。日差しが部屋を明るく照らし、入居を祝福してくれている気がする。
「向こう、どうだったの?」
窓から顔を出し、風を浴びる。甘い香りや草の香りに紛れ、この土地らしき匂いを感じる。
「月奈より可愛くて綺麗な人とか、スタイルのいい人とか、性格がいい人とかたくさんいて、月奈なんか多くの人の中の一人なんだなって思った」
「…そう」
「月奈がいなくても生きていけたし、月奈の存在は俺の中で大したことないみたい」
「そうみたいだね」
なぜだろう、漂う空気が重い気がする。ムスッとしている、クール系不機嫌男の復活だろうか。
「まだ出会っていないだけで、俺の運命の人はいるのかもしれない」
世界を見てきた天宇には自分の見える範囲だけではなく、可能性が世界に広がっていることを学んだのか。
「だけど……月奈とソファで過ごした時間が一番好きで、自分らしくいられた気がした」
嫌いって言っていたくせに。言いすぎたと思って、機嫌を取りに来たのだろうか。
「この気持ちは同情かもしれない。過ごした時間が長かっただけで、その相手は月奈じゃなくてもよかったのかもしれない。…よく…分かんないんだけど……月奈でもいい」
「は?」
「月奈で妥協してやってもいい」
「はあ?」
「もう…お前のことを考えるのは疲れた」
「…何が言いたいの、天宇」
天宇は私の隣に来ると、一緒に外を眺める。頭の高さや肩幅の広さが、あの頃と違う。
「好きなやつができたらそっちいけばいいし、俺と住んでみてダメだと思ったらやめればいい。だから…俺と月奈の生活を始めて見ない?」
「…え……?」
「これからは俺のために生きて」
どんな思いをしても泣かなかったのに、自然と涙が溢れた。
誰かの温かい感情が私に向けられていることが嬉しかったのかもしれない。
私はお姉ちゃんがいなければ、価値のない女だから。
スマートフォンの着信音が鳴り、天宇に画面を見せるとどうぞという合図をされた。
お姉ちゃんから電話だった。スピーカーにして、天宇にも聞いてもらう。
「もしもし、お姉ちゃん?」
「おい、天宇! あたしの月奈を泣かしたんかゴラァ!」
第一声でそれは笑うからやめて。思わず吹き出した。
「あ、月奈? 急に義弟を送ってごめんね。あと、あたし、二人で暮らせないや。ここで相を待つことにしたの。月奈にはね、自分の幸せのために生きてほしい」
「…幸せ?」
天宇といることが、私の幸せになると言いたいのかな。
「その涙が、答えなんじゃないの?」
天宇を見上げる。天宇は一度目線を外すが、私に戻すと頭に手を置いてくる。
慰めているつもりなのだろうか。重いし、髪がボサボサになるのでやめていただきたい。
お姉ちゃんとの通話を終え、妙な雰囲気にぎくしゃくしていると、「そういえば、腹の傷どう?」なんてことを聞いてくる。
何年前の話をしているんだとツッコミたいし、誤魔化し方が下手で天宇っぽい。
優しさがちらちら見えるから、嫌いになれない。
ちなみに、あれは刺すと引っ込むおもちゃのナイフで、事前に血糊を塗っていたようだ。
あの時を振り返り、天宇には散々『お前の体は重かった』と持ち上げた時の感想を言われた。
その後、天宇は「月奈でいい」ともう一度言う。
「妥協なら他の女のところに行けば。天宇には幸せになってほしいからさ」
あの言葉だけで、私は満足だから。
「俺は、“月奈がいい”なんて言ってやんねぇから」
ツンデレ野郎が。それはもう、言ってんだよ。
そんな私たちのマンションには、黄色い水仙の花が咲いていた。
そして、私の隣には天宇がいた。
おわり
【参考】黄色い水仙の花言葉
「もう一度愛してほしい」
「私のもとへ帰って」
【あとがき】
最後までお付き合い下さりありがとうございました!他サイトにて更新開始日や完結日が17日だったためそれに合わせ今日8月17日に完結させていただきました。更新中に読んで下さった読者様のおかげで再度完結することができました。また、完結後にお読み下さった方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます。私の作品を見つけて、読んで下さった皆様に感謝申し上げます。楽しんでいただけたり、私の伝えたいことが伝わっていたら嬉しいです。応援して下さった方々に幸福がありますように。