暴走のその先に 16
死刑確定後は、接見交通権が制限され、弁護士や家族以外とは事実上文通や面会などのやり取りが出来なくなるため、お姉ちゃんは野荒相と獄中結婚をしようと試みているが、野荒相は拒否をしているという。
お姉ちゃんは、野荒相に会いたいからと弁護士を通じて健気に説得を続けると言っていた。
もしかしたら、野荒相なりの最期の優しさなのかもしれない。そう思うのは、私が夢見がちなせいだろうか。
だからといって、私は野荒相を赦さない。死刑が執行されたところで、お姉ちゃんのハートは奪われたままだからだ。お姉ちゃんの心を殺した罪はまだ残っている。
あいつは父親に依頼されたホンモノの殺し屋で、その仕事をやり遂げたのだ。
ーーー…
私は二十二歳になった。
あの事件から六年、いろいろな事があったけどなんとか生きている。
現在は、縁があって警備会社に就職し、施設の安全を保っている。
「お姉ちゃん、生きてる?」
「生きてるって。相が生きてるうちは安心してって言ってるじゃん」
「分かってるけど、心配で」
「ていうかさ、これから合流して新しい家で一緒に暮らすんだから、わざわざ電話してこないでいいのに」
「心配で」
「心配心配うるさいよ! 月奈はあたしの妹であって、母親じゃないからやめて」
「…はーい」
お姉ちゃんが当たった弾は心臓まで達していなかったことと、すぐ救急車で病院に運ばれたことで見事復活を遂げたお姉ちゃん。
二人で探して決めた物件にこれから引越しをすることになった。
「ねー月奈」
「なぁに?」
「天宇がね、人助けをしたらその人にプロポーズされたらしいよ」
「そうなんだ。おめでとう」
「なんでそんなに冷静なの? 『俺のために生きて』とまで言われた人の話なのに」
「だから、あれは影武者として役目を終えた私に生きる意味をくれようとしただけで、天宇が私のことを好きとか愛してるとかそういう事じゃないの」
元気になってからは、話をするたびに天宇の話題を振られてうんざりしている。
実は、天宇がかもちゃんたちに協力を依頼したらしい。そして、野荒相から私を処理するよう言われたため先に救急車も呼んだのだと言う。
正直、天宇が手下だったことはショックだった。ソファで一緒に過ごしたことも、バスケットボールの試合の時も、文化祭の時も、監視のためだったと聞いた。
天宇だけではない。村坂も瀬尾も川原もかもちゃんも、みんな隠していた本性が表面化しただけだ。
誰しも本性はある。私もそうだ。だから、本性を暴いてから本当の関係が築けるか築けないかそれぞれの人生を左右する分かれ目なのだと思う。
「あの絵を見ても、そう言えるのはすごいよね」
天宇は、十八歳の時に家を出て行った。お姉ちゃんから、お金を貯めて世界旅行に行ったと聞いている。
家の残留物に、天宇が描いたと思われる絵がたくさん残っていて、その中にいくつか私の絵が描いてあった。
私が怒っている絵、私がソファで丸まっている絵、私がお姉ちゃんを眺めている絵。
天宇が私という存在を残してくれた。
「あ、お姉ちゃん。私、もうすぐ着くよ」
不動産から受け取った鍵を差し込み、扉を開ける。この、空っぽな部屋でお姉ちゃんとの新しい思い出が作られていく。
「月奈」
「ん? あ、お姉ちゃんはゆっくりでいいからね」
「ごめん」
「…え、なにが?」
「先に謝っとくね。また後で掛け直すから」
「え? …どういう」
私の言葉を遮って、通話が切れる。お姉ちゃんの不可解な行動に首を傾げていると、「月奈」と呼ばれた気がした。
誰にかと言うと、「天宇?」に。
驚いて手を離したため、扉は閉まる。私の目の前に、確かに、天宇がいた。
天宇が高校生になった時にはすでに身長は抜かされていたが、目の位置が上がったことからさらに伸びた気がする。
相変わらずの眉目秀麗で、濡羽色の髪、漆黒の目、綺麗な肌にプラスし、スラっとした体型に仕上がっている。
ムスッとした面ははにかんだ表情へと変化していた。
学ランからスーツへ。
大人になり、歳月流るる如し。
「え……な……え?」
「よっ」
軽い。二年振りの再会での言葉がそれなの?
「旅行から帰ってきてたんだ?」
「さっきね」
「荷物は?」
「外」
「盗まれるよ?」
「じゃあ、盗まれる前に中に入れて」
「え……あー…え?」
『ごめん』
『…え、なにが?』
『先に謝っとくね。また後で掛け直すから』
まさか。そんなわけないよね、お姉ちゃん?
立ち話もなんだったので、天宇を部屋に入れた。
掃除もまだだし、椅子や机もないので結局立つことにはなるけど、天宇のキャリーバッグは天宇の近くに置かれた。




