暴走のその先に 14
それから、Suiとお姉ちゃんは仲睦まじい雰囲気で思い出を共有していた。顔の傷や目つきでワイルドな印象のSuiも、お姉ちゃんの前では穏やかな微笑みを見せる。
お姉ちゃんがSuiを見る目、Suiがお姉ちゃんを見る目でお互いがお互いを大切にしていることを語っている。
私も、応援したかった。普通の結婚ならば。お姉ちゃんが生まれた時から側にいて、危険な時は騎士のように命懸けで守り、お姉ちゃんの幸せを考えられるそんな許婚だったら。
どうしてこうなってしまった?
なにが歯車を狂わせた?
私は縛られて、初めの部屋に戻された。洗い物を終えたお姉ちゃんが、急いで入ってきて解いてくれる。
「見つからないように、気をつけて。早く!」
Suiがお風呂から出てきそうな音がする。お姉ちゃんは最後に私を愛おしそうに見つめ、「月奈があたしの妹でよかった。大好きだよ」と言葉を残し、綺麗な長い髪を切断した。
ぱらぱらと髪が散っていく。お姉ちゃんの決意が落ちていく。それはこれからのお姉ちゃんのようで。見るに耐えなく、目を逸らした。
このまま私が逃げたらどうなるだろうと考えた。私を逃したお姉ちゃんを、Suiがどうするかと。Suiに殺されるならそれでいいと、お姉ちゃんは言うだろうか。
そんなことはさせない。
「さぁ、あたしが月奈になって時間を稼ぐから行きなさい!」
私は頷き、立ち上がる。そして、お姉ちゃんに近づくと気絶させて拘束した。
私が持ってきていたウィッグを被り、日奈になる。ホンモノは暗闇だろうが、輝きを放っていた。
私には武器がない。目的はSuiを殺すことではないからだ。
きっと、こんな変装はすぐ気づかれる。Suiが私を殺そうとする時、Suiには武器が残ってるのか知れたら…。
私の予想では、Suiはもう武器はないだろう。だから、村坂と瀬尾は殴ったり蹴ったりされるだけだったのだ。
Suiのいる寝室に向かう。
怖いかって?怖いのは、お姉ちゃんを失うことだ。それ以外ない。
ノックして扉を開ける。チラッとこちらを見たSuiは、すぐに視線を戻した。荷物をまとめているようで、ちょうどこちらに背を向ける格好だ。
私は、Suiに抱きつこうと駆け出す。硬くて大きな背中に頬を寄せる。
「日奈っ」
Suiは私をベッドに押し倒すと、跨る。まさかの展開だ。ここで濡れ場に突入か?
村坂との経験が役に立つ時が来るのだろうか。武器がないともがいていた私にも、知らぬ内に身になっていることもあるのかもしれない。
Suiは私の長い髪を払い、顔の距離を近づける。お風呂上がりで体の熱も清潔感のある匂いもいい演出の一つとなる。
角度をつけ、唇が迫ってくる。覚悟を決め、瞼を閉じた。
「日奈をどうした」
そう、上手くはいかない人生。私の、終わりの始まりの合図だった。
上からガッチリ逃げないように押さえられた上体。Suiの手が私の首にかかった時、私はSuiの股間を蹴り上げる。
あまり力が出せなかったため、ダメージも少ないだろう。
Suiの下からすり抜け、部屋を飛び出した。玄関へ急いで向かう。
相手が大人の男というだけでも、力の差は歴然なのに、Suiは数々の人を殺めた人殺しだ。経験でも勝てない。
私には距離を取って、隙を伺うしかできない。元々勝ち目のない戦いだ。
走っている間、銃で撃たれなかった。飛び道具が投げられることもなかった。
Suiは武器を持っていない。
扉を開け、外に出る。雨が絶えず降り注ぐ中、靴下のまま地面を蹴り上げる。その時だった。
「月奈」
「え……天宇? なん「相のために死ね」」
天宇の手に握られた刃物がキラリと光る。逃げる間もなく、鋭い刃物が私の体に押し込まれる。始めこそ驚いたけど、状況を理解した時には笑っていた。
お姉ちゃんは無事だ。それに……天宇の手で逝けるなら。
ナイフを抜かれた後、私は力が抜けたように地面に倒れる。役目を果たしたナイフは、赤で濡れていた。
私はそっと目を閉じる。今までの幸せを噛み締めながら。
「天宇」
「始末しました。あなたの手を汚すほどではありません」
「ご苦労。日奈には月奈は他の地で楽しく過ごしていると伝える」
「かしこまりました」
「見つからない場所に埋めとけ」
「はい」
天宇が私の体を掴む。力の抜けた人間はかなり重いため、持ち上げるのに時間がかかった。
「相!」
お姉ちゃんの美声があたりに響く。そして、走ってくる音も。
「日奈…お前……その髪…」
「あたしの覚悟よ」
「なんの覚悟だ」
「相、あたしと一緒に死んで」
「…なんの冗談だ」
「冗談じゃない。本気よ」
「俺はお前を生かした。なのに、お前は俺を殺すのか」
「一人で死なせない。あたしも一緒だよ」
「……」
動揺を隠せない様子のSuiに私と天宇で襲いかかる。利き手である右手を背中に回し、天宇が左手を押さえる。
天宇が蹴り飛ばされ、左手が解放されると仕込んでいた拳銃を握った。
私を狙うと思われたが、銃口はお姉ちゃんに向けられる。負傷してる左手で撃つには当たる確率は低いだろう。だが、私にはお姉ちゃんを見捨てることはできない。私が右手を離したら確実に私が撃たれるけど、それでいい。
「お姉ちゃん!!」
Suiはにやりと笑い、銃を右手に持ち変えると私に発砲した。
私の視界いっぱいにお姉ちゃんが映り、私の名を叫ぶお姉ちゃんの声で満たされた私は、思い残すことなんて何もない。