それぞれの思惑 6
大股でスタスタと歩く男についていく。周りから見れば私が側にいるわけだけど、私から見たら一人でいる村坂は新鮮だった。
開け放たれた窓からは、生暖かい風が入ってきて頬を撫でる。運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。
風が吹く仕組みもあるし、掛け声も音も決まってる。自由に思える物でも何かに縛られているのかもしれない。
だからといって、お姉ちゃんの影武者として生きることが足枷というわけではない。むしろ、それがあるから私は生きている。私の生きる理由だ。
日差しの入らない、重苦しい空気の廊下まで来ると、ポスターがボロボロになっていたり画鋲が刺さったままの壁に背をつける村坂。偉そうに腕を組むと、私が蜘蛛の巣が残っている隅に体を落ち着かせるのを見送った。
村坂と私の距離は約三メートル。対角線上に、距離を取った。
「やっぱり、日奈を落としてこようかな〜」
焦ったように見上げた私を見下す視線。距離を取った私への仕返しか?小せぇ男だ!
私は、深いため息をついてから体を浮かせて、村坂に近づく。村坂の匂いにより、頭を刺すような痛みが強くなるが、村坂の顔の横に手を置いて顔を見上げた。
「…これで満足?」
小声でも届く距離。吐息の温度が伝わりそうな、距離。
いろんな色のある音が遠くで溢れている中、ここは取り残されているみたい。二人だけの空間。二人だけの世界。
…でもないか。こちらの様子を監視している、二人組がいる。上手に隠れているつもりなのかもしれないけど、ゆるく巻かれた髪とパーマのかかった茶髪が見え見えだ。隠れてる意味ないから、それは。それとも、「見てるぞ!」と知らせることで牽制してるのだろうか。
「勘違いしてんじゃねぇぞブス。十九位のくせに」
肩を押され離されると、掌に付いたゴミを払うかのようにパンパンと音を鳴らす。私の肩に触れたから汚れた、とでも言いたい仕草だった。失礼だなこいつ…本当に失礼だな!
元の位置に戻ると、村坂が話を進める。
「で、何してくれんの? 日奈の分身」
いくら、私がネクタイを巻こうがズボンを履こうが、体は女で、お姉ちゃんを求めるこいつには女を見せなきゃならない。そして、お姉ちゃんよりも私を選ぶメリットを感じてもらわないといけない。
「…あなたが望むならあなたと寝るし、この顔が嫌なら袋を被ったり仮面をつける。サンドバッグが欲しいならそれになる。好きにしていい」
「へぇ?」
「……」
まだ、それだけでは足りないような反応。切り札はまだあるけど…中学の時に男子たちがよく話していたことを思い出して、唇を噛み締める。
男子の会話を聞いた時は、気持ち悪いし無責任だなという気持ちになった。こういう男たちがお姉ちゃんに近づかないように、気を引き締めなければと再認識する出来事だった。
でも、そいつらの本音はそうなのだと思う。私へのリスクが高いけど……出し渋っていても仕方がない。
「ナマでしてもらっても構わない」
ハイリスク…何リターン?
「ふ〜ん?」
「……」
「そっちで避妊するにしても、性病に感染するリスクはあるけど」
「…分かってる」
「処女のあんたより、確率的には俺からもらう可能性が高いけど?」
「……」
処女って決めつけてやがる。残念ながら事実、というところが悔しいけどね。
こいつに言われなくても、性病にかかる可能性があるのは知っている。感染して放置していると、死に至る恐ろしい性病もあることも知っている。だから、避妊の目的だけでなく、性病予防のためにもゴムは最低限必要なのだけど。
人の中には一定数、快楽を優先しゴムなしでする人、したい人がいるのだ。この男もそのタイプのようで。
「それでもいいわけ?」
私の捨て身の提案を受け入れようとしている。
こいつはクズだ。さっき、校則違反が少ないからって真面目そうかもしれないと思ったけど、全然違った。病気に感染する、させる、妊娠させるより、快楽を優先した。こいつは絶対に、お姉ちゃんに近づかせてはならない。
「…従います」
にやりと笑った村坂の口から、綺麗に並んだ白い歯が覗く。顔はいいんだけど…こいつの闇を一つ見てしまった。
「じゃあ、明日は態度で示せ」
「は?」
「口ではなんとでも言えるから。明日四つの試練を与えるからクリアすること。それができなければこの話はなし」
「え…?」
「というわけで、連絡先交換するぞ。スマホを出せ」
「ちょっ……?!」
覚悟を示したというのに口約束だからとさらに条件を突きつけてくるなんて鬼畜か?人情の欠片もないわけ?
「早く出せよ、ノロマ」
訂正だ。こいつの闇を、二つ見てしまった。
「あれ? ツッキー? と……村坂、くん?」
 




