暴走のその先に 13
「私は、行く」
「行ったら、大事な人を失う」
「…また予言?」
「めちゃくちゃ当たるらしい預言者が言ってた、メルマガで」
「通知とってるのか…」
天宇がなんと言おうと、私の決意は揺るがない。『行ったら、大事な人を失う』?もう、私はたくさん失った。お姉ちゃんだけは絶対に失いたくない。
行くことで失うのは、私にする。それが影武者としての務め。
インターフォンが鳴る。配達の予定はない。タイミングからして、警察だと考えるのが妥当だろう。
「天宇、頼んだ!」
「俺を身代わりにする気か!?」
「暇そうじゃん」
「ふざけんな。俺には重要な任務が「じゃ」」
自分の部屋で、パーカーとスキニーパンツに着替え、靴と必要最低限の荷物だけ持ってベランダから脱出する。
Suiの家は知らないけど、お姉ちゃんが持ってるGPSを辿れば会えるはず。同時に、私が動けばお姉ちゃんを通じてSuiに情報が筒抜けな可能性があるけどそれはいい。
現時点では、ここから三十分離れた奥地にお姉ちゃんはいるらしい。電車と徒歩だ。
電車に乗るために、順番待ちをしていた時だった。見張られている。そう思った。
待合室で新聞に隠れてチラチラ見るサラリーマンのおじさんと、私を挟んだ左右の乗車口に周りを気にしている私服のおじさんがいる。
上手く馴染んでいるつもりだろうが、人の視線に敏感な私には通用しない。
反対車線の電車の出発アナウンスがかかる。私はぎりぎりで駆け出し車両に飛び込んだ。
緊急事態であるが、飛び込み乗車をしたことを謝らせてほしい。申し訳ございませんでした。
ただ、そのおかげで撒くことができた。
逃走経路は頭の中に入っている。次の駅で降りて、タクシーで繁華街まで行き、人混みに紛れて行方を晦まそう。
余計な邪魔が入り遠回りとなったが、監視カメラを避けつつGPSが示す場所に到着した。
中古の一軒家で、無防備な印象を持つけど、いろんなケースを想定して選んだように思う。
例えば、窓から外に出れることや音が響きやすいので外に人がいると感知しやすいこと、後始末が簡単なものが多いことなど。
私は細心の注意を払い、もう一度誰もいないことを確認してから、ドアノブを回す。もちろん、待ち受けているのは、先を見越しているSuiだ。
私が言葉を発する前に口や手足を拘束された。
私が放り込まれたのは二畳くらいの狭い部屋だった。掃除はされているようで、埃は見当たらない。壁にはシミや汚れがあり、築年数は三十年ぐらい経過していそうだ。
ここにも窓はあるが、拘束されていては出ることはできないだろう。
今回は目隠しをされなかったからマシだが、人間は簡単に他人を自分の管理下におけることを思い知る。物理的な力や権力や財力など、持つ人は持たない人を支配できるのだ。
全ては、力だ。
「月奈っ…!」
お姉ちゃんが扉を開け、飛び込んでくる。眉毛を下げ、私に怪我はないか確認する。お姉ちゃんに外傷はなさそうだ。
「相がごめんね」
私は首を横に振る。ここに来たらこうなることは分かっていた。
お姉ちゃんが私を引き寄せる。お姉ちゃんは、柔らかくてほのかに甘い香りがして、少し震えていた。
「村坂くんと瀬尾くんのことは聞いたよ。二人とも、あたしと関わったから制裁を加えたんだって。本当はもっと早くやるつもりだったけど、学校の警備が強化されて近づけなかったみたい」
人を隠すなら、人の中。Suiも私も、同じ手を使ったようだ。
「月奈、逃げて。月奈でさえ、あたしと関わったら…もしかしたら…」
悲しそうなお姉ちゃん。なぜなら、お姉ちゃんはSuiを信じていたから。Suiは他人のために罪を犯すと。
でも、今は気に入らなければ傷つける。そう、変わってしまったらしい。
口のタオルを取ってくれる。口の中が乾燥したため、口を動かす。
「月奈、あたしね」
「……」
「相と逝こうと思ってる」
「え…?」
「まだこの気持ちを話してはないんだけど、もう警察の手は迫ってる。逃げ切れないと思う。捕まったら、死刑だから…今なら、あたしも一緒に逝ける」
「だめだよ…嫌だよそんなの。お姉ちゃんなら、別の人が「相と離れることは考えてないの」」
「なんで…なんでよ」
お姉ちゃんのその優しい表情が物語っていた。Suiと運命を共にする、と。一緒に笑い、一緒に苦しむ、と。
生きるも死ぬも、どこまでも。
「最後の晩餐でたくさん美味しい料理作るから! みんなで食べてから、相がお風呂入ったら月奈は逃げて。そして、生きて」
もう、何を言おうとSuiと心中すること腹を決めているようだった。
私は説得を諦めることにした。その代わり、Suiと死ぬのはこの影武者の私だ。
最後の晩餐では、豪華な食事が振る舞われた。
ローストビーフ、アクアパッツァ、グラタン、ステーキ、肉じゃが、野菜たっぷりのスープ…これまでお姉ちゃんが作ってきた料理の内、それぞれの好きなものを考えて作ったらしい。
私はお姉ちゃんの料理が全部大好きだった。椅子に縛られたままでも、美味しかった。どんな状況でも、お姉ちゃんの料理は最高だ。
食後に、お姉ちゃんからSuiにプレゼントが渡される。それは、お姉ちゃんが努力を積み重ね、身につけたレシピノートだった。
「いろいろ考えたんだけど、相には自立できるように見守ってもらってたからその成果を見てもらいたくて。あたしと相が一緒に過ごした宝物のような日々がここに詰まってる」




