暴走のその先に 12
『Suiが殺人を犯したのはあたしのせいなの! あたしを守るために罪を背負ったの! 両親の件も…。あたしのせいでSuiは殺し屋として生きるしかなくなったの。あたしはSuiの人生を奪ったの』
『Suiはね、すごく優しいの。自分のためじゃなくて、他人のために行動を起こす人なの』
Suiは…本当に、お姉ちゃんのためだったのだろうか。お姉ちゃんのためもあったのかもしれない。だけど、自分のためが大きかったのでは?
『今もなお逃げ続けているということは、罪を償う気はないという意思表示。優しいなんてありえない。きっと、今も罪を重ね、罪を犯すことに躊躇いもなくなっているだろう』
もし、あのニュース…海乃沖の男性遺体がニヨルドだったら。Suiの父親に似ている部分があったとしたら。可能性はある。
もしこれが事実なら、依頼なしの殺人は、殺し屋の仕事での殺人ではなく、ただの殺人だ。
そもそも、瀬尾を襲った相手は二十代から三十代の男性だと言う。それがSuiだとしたら?
『おねーちゃん、さっきね、今までで一番すごい人いた』
『あのおじちゃん、だいじょうぶかな? けがもしてたかも』
あの子が話しかけてきたのは、村坂が見つかる前のことだった。それに、確かSuiが左腕を負傷してまだ完治してないとお姉ちゃんが言ってた。
村坂も瀬尾も…Suiが?
いや、考えすぎだろうか。話と話を無理矢理繋げすぎたかもしれない。
学校には警備員や警察がいたからSuiに入れな…人混みに紛れて侵入した?
村坂や瀬尾を狙う理由がな…学校には防犯カメラがあってお姉ちゃんと接触していたのを知っていた?
いやいや、だからといってなんで殴る必要が?殺し屋だから武器があ…この間の戦闘でなくなったから?
殺し屋の仕事を逸脱し、暴走を始めたのだろうか。
「……」
「…あれ、もしかして月奈だった?」
意識が朦朧としていたのか、寝ぼけていたのかは分からないけど、瀬尾が私だと認識したらしい。
表情が一瞬で死んだ。そこまであからさまだと笑えてくる。
「怪我、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ。見れば分かるでしょ」
冷え冷えしてる。冷凍庫と会話をしているのだろうか、私は。
「出ていって」
「分かった。一つ質問に答えてくれたらね」
「……なに」
面倒くさいって顔をするな。こっちだってもう喋りたくないんだよ。だけど、そうはいかないの。
瀬尾には、私に悪かったという気持ちすらないらしい。好きな人とお金が手に入れば、私なんてどうでもいいのだろう。
『お店回ったっすか?』
『いや…俺には無駄遣いかな』
天宇と瀬尾の会話だ。水波さんから瀬尾はお金をもらったらしいので、瀬尾が金持ちではないらしい。
いつかもらった駄菓子は、十円のものだった。もしかしてあまりお金に余裕がないのかもしれない。
「瀬尾を襲った相手ってこの人?」
文化祭で仮面は逆に目立つだろうから、きっと被っていない。指名手配書の写真を瀬尾に見せると、瀬尾は頷いた。
帰りのタクシーで私はかもちゃんに聞いた。
「なんでバスケの試合の時、私におしゃれしてくれたの?」と。
そしたら、「自分が犠牲になれば、誰かが救われると思ってる愚かなマゾ女だから」と返ってきた。
「あとね、さっきの言葉を訂正するね。やっぱり、あんたのこと嫌いだわ」と付け足した。
私は今日、村坂、水波さん、川原、瀬尾、かもちゃんを正式に失った。
本当の私の価値は、この程度だ。私は、学校にすら居場所がなくなった。
『予言しよう。今日、月奈の憎き相手に天罰が下るでしょう』
天宇の言っていた予言の憎き相手とは、村坂、水波さん、川原、瀬尾、そして、かもちゃん。誰を指すのだろう。それか、私自身なのかもしれない。
天宇の飛ばした紙飛行機は、力を徐々に奪われ、墜落し、汚れ、傷つき、雨に濡れた。
ーーー…
「ただいま」
お姉ちゃんから、今日はSuiと帰ると連絡があったため一人で帰ってきたけど、お姉ちゃんがいる気配がない。
食事の準備をしててもいい時間なのに、包丁がまな板に当たる音やいい香りで唾液が分泌されることもない。
廊下の電気をつけ、リビングに入ろうとすると、ドアの向こうに人影が映る。急なホラー展開に声を上げそうになるも口を押さえ、警戒しながら一歩ずつ前へ進んだ。
「わ!」
追い詰められて開き直ったのか、古典的なやり方で脅かしてきた天宇にノーリアクションをお見舞いし、リビングの電気をつけた。
「お姉ちゃんは?」
「…誘拐された」
「は? 誰に?」
「Suiに」
「…どこへ」
「たぶんSuiの家に」
もしかして、そのままお姉ちゃんを連れて逃走するつもりじゃないだろうな。自分の親を殺し、罪を重ね、学校の生徒まで手を出して、ここに留まるは気はないだろう。
Suiがお姉ちゃんのために罪を犯しているなら、お姉ちゃんと逃亡しても見逃せたかもしれない。でも、自分のために人を殺めているなら、お姉ちゃんを渡すわけにはいかない。
私は、Suiと話をつける。
「行くな、月奈」
『戻ってくるな、月奈』
天宇の声で言われた言葉で、なぜSuiの言葉を思い出すのだろう。天宇は、私がSuiにやられた時のことは知らないと言っていたから、天宇の言葉ではないはず。
 




