暴走のその先に 9
二人の救急隊員が、ストレッチャーを引いて現場に向かう。
しばらくすると、ぐったりした村坂らしい人がストレッチャーで横になっていて、救急車に運ばれた。
病院に連絡をしているらしく、なかなか出発しなかったが、その間、村坂派が心配のあまり、泣き叫んだり救急車を取り囲んだりしていた。その中で水波さんは地面に崩れ落ち、友人が寄り添っていた。
私は病院にいた。私がここにいることでできる事なんて何ひとつないけど、じっとしていることもできず気づいたら来ていた。
村坂は手当てをされ、ベッドに寝ているらしい。私より先に来ていた、村坂の取り巻きたちが涙ながらに話していたのを聞いた。
病室には他の患者もいるから迷惑になるだろうということで水波さんが代表して中にいるようだ。病室前にいるのも邪魔になるだろうし、村坂も水波さんがついているから大丈夫だろう。
帰ろうと思って立ち上がると、水波さんが部屋から出てくる。取り巻きたちが彼女を支えに入る。水波さんは目を真っ赤に腫らし、鼻も赤く、鼻を啜っていた。
周りに励まされながら椅子に勧められて足を踏み出すと、私の視線に気づいた水波さんが目を剥いた。
「なんであんたがっ…!」
女の子たちを退けて、私へ掴み掛かった。水波さんの行動が理解できず、私はされるがままだった。
「勘違いしてんじゃないわよ! 自分が八紘のセフレになった気でいるわけ?!」
「えっ……あの…?」
「あんたなんかねぇ! 八紘のステータスを上げるための捨て駒なのよ!!」
「……」
村坂がボロボロにされたことで、水波さんは理性を失ったようだ。感情を剥き出しにし、制御が効かない様子だった。
彼女と親しい子が「なつめ、ここ病院だから落ち着いて」って宥めているけど、水波さんの耳には入らない。怒りで顔全体が赤くなり、私の胸ぐらを掴んで揺らす。
「八紘はね、あんたが男みたいな格好をしていたからあんたを落とそうとしただけ。それだけの存在なの! それなのに、こんなところにのこのこ来るなんてどんだけメルヘン女なの?!」
「……」
「自分にそれだけの価値があるとでも思ってるの?! 鏡見て出直せや!」
「……」
今まで我慢してたのだろう。水波さんはその後も捲し立て続けた。
顔ランキングのチラシを見た水波さんが、お姉ちゃんには負けたけど私には勝ったという話題を振り、私がズボンを履いているから男装趣味がありそんな男女は村坂には興味がないよねって水波さんが言ったらしい。
そして、煽るように村坂には落とせないかもねと言うと村坂がムキになって「絶対俺が落とす」となったのだと。
じゃあ、落とすにはどうするかという話になり、水波さんが私がお姉ちゃんと異様に仲がいいという情報から、お姉ちゃんを話に出せば食いついてくるだろうと考えたのだそう。
それが、お姉ちゃんのクラスを知らなかったり水波さんに情報を頼っていたりした理由だ。
「ちなみに、もう全部言っちゃうけど、あたしは、あんたと瀬尾くんが結ばれるように瀬尾くんにお願いしてたから。報酬はお金。あんたは八紘からも瀬尾くんからも好かれてないの! いい気味!!」
もしかして、ジュースを瀬尾からもらったというのは瀬尾の好感度を上げるためだったのだろうか。普通に考えれば、水波さんは村坂が好きなのだから、セフレが増えることはよく思わないはずだった。
なのに、私は何も疑わなかった。情けないな。
瀬尾がお姉ちゃんと組んでいたという話を聞いた時はなんとなく予感がしていたから「やっぱりな」で終わったけど、村坂までとなるとさすがに堪える。
複雑な感情が頭の中でゴチャゴチャ混ざりながら、学校へ戻った。
校門から下駄箱までの間に、私をじろじろ見る目線を感じ、不気味だった。私が、傘をさしていないことが原因ではないようだ。
上履きに履き替えて教室に向かう間も続き、これはさすがに気のせいではないと察し、ふとかもちゃんの笑った顔を思い出す。
まさか、と思った。思いたくなかったけど…私の予想通りだった。
「あいつが村坂を殺ったんだって」
「なんでそんなことを?」
「村坂の奴隷だったじゃん。不満が溜まった末の犯行だとよ」
「あー、そういえば、パシられたりこき使われたりしてたよね。なるほどね」
「間違いないよ。だって、あいつの親友の嘉森さんが言ってたし」
「仲良いもんね。そりゃ確かな情報だわ」
「しかも、泣きながら『許してあげて下さい! 取り巻きにまでいじめられてたみたいなんです。自分に置き換えてみていただけませんか? 自分がツッキーだったら、村坂くんに殺意を抱いても仕方ないですよね?!』って言ってたらしい。友だち思いだよね」
最悪の形で、物事が進んでいるようだ。私の仕業だという噂は、全学年に広がっている。
救急車の後に警察も来ただろうし、話題が温まっている時の噂だから、あっという間に広まって当然なのかもしれない。
四方八方から痛い視線を浴びる。さすがの私も…苦しくて悔しくて唇を噛んだ。
「次は川原だ」
「よく喧嘩してたもんね」
「川原が消される」
「川原だ」
私以外の目が、口が、私を責める。見たくない、聞きたくない。
私じゃないのに。信じてくれる人は、誰もいない。