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暴走のその先に 8

「その前に作品を一通り見ていいっすか?」

「あ、はい! もちろんです! 私は奥でスケッチの準備してくるのでごゆっくり…!」


 天宇はその背中を見送る事なく、飾ってある作品を見て回る。


 私も流し見をする。そして、びっくりする。想像以上のレベルに。


 一枚の紙に書かれているのに立体的で、世界観に取り込まれるかのような感覚だ。自分では考えもしない世界に、胸が高まり心が満たされるような気がする。

 作者はどんな気持ちで書いたんだろうとか、この箇所は何を表しているんだろうとか、考えることも楽しい。


 その中で私が惹かれたのは、中心に太陽があり周りを照らしている絵だ。太陽のおかげで得られるメリット、デメリットが描かれている。

 例えば、晴れることから晴れ晴れした気持ちで出かけられたり、生き物が元気になったり、ビタミンDが作られたり、セロトニンが作られたり、体温があがり免疫力が上がったりする。

 逆に、太陽の影響で干魃かんばつだったり、シミやシワの原因になったり、近寄ると焦げてしまったり。


 世の中には完璧なものなどないから、客観的に見る力が必要だと思わされる。


「天宇は気になるものあった?」

「うん」

「……」

「……」


 作品を見て刺激されたのか、椅子に座った天宇が自分のスケッチブックを開いてなにかを描き出した。芯が長めに削られた鉛筆で天宇にあるイメージを形にしていく。

 鉛筆といっても、細い線や太い線、色の濃さや薄さで幅広い表現ができるようで、私の描く絵とは比べ物にならない。


 集中している天宇の顔は初めて見るかもしれない。いつも仏頂面のワンパターンだったからな。


 天宇はお姉ちゃんと違うけど、綺麗な顔をしてる。長く伸びるまつ毛とか、鼻から顎のラインとか。

 中学校でも今の私みたいにひっそり天宇を眺めている人もいるだろうな。


「見てんじゃねーよ変態」

「減るもんじゃないし」

「減るわ。心が濁る」

「…どういう意味だコラ」

「とにかく邪魔すんな」

「邪魔してないじゃん」


 不貞ふて腐れて視線を外すと、偶然通りすがりに美術室の中を見た瀬尾と目が合う。すぐに逸らされ、見なかったことにして進み出そうとした瀬尾。

 天宇が瀬尾に気づき、呼び止めた。


「どーも」

「どうも」

「これから食事っすか?」

「いや…」

「お店回ったっすか?」

「いや…俺には無駄遣いかな」


 苦笑いをし、早めに会話を切り上げた瀬尾は去っていった。


 無駄遣いってなんだ?お金持ちの瀬尾には安っぽいということか?それとも、お姉ちゃんにお金をあげたからお金がない?


「あの人のこと、気になるの?」

「気になるというか…変わりようにびっくりしてるだけ」


 お姉ちゃんから瀬尾に話がいったのか、瀬尾が察したのかだろうけど、私に一言もなしで急変したら誰だって戸惑う。

 瀬尾がお姉ちゃんにしか興味なかったという事実を思い知っているだけだ。


「おー! 素晴らしい絵ですね」


 部員が目をキラキラさせ天宇のスケッチブックを覗く。天宇の眉毛がぴくっと動いたけど、文句を言う事を諦めたらしい。


「孤独ではありますが、自分の芯というか自分らしさというものを感じますね。周りに翻弄ほんろうされながらも、自分を見失わず未来を切り開いていく強さが出てます」


 部員がすごく褒めるので、気になった私が絵を覗こうとすると、天宇に牽制けんせいされた。ケチ。いじめだ。


「この方のことを大切にされているんですね」



 もうすぐお昼でお腹空いてきたので、ちょうど隣にいた天宇をご飯に誘ったのに、天宇はさっさと家に帰って行った。


 三度目の独りぼっちになるかと思った時、私のクラスにいた小学生が母親と手を繋いでこちらに来る。

 母親が軽く頭を下げてきたので、私も急いで頭を下げた。


「おねーちゃん、さっきね、今までで一番すごい人いた」


 私はしゃがみ、詳しく問う。


「すごい人?」

「うん。だいじょうぶか聞こうとしたけどいっちゃった」

「そっか」

「あのおじちゃん、だいじょうぶかな? けがもしてたかも」

「大丈夫だといいね」

「うん」


 その時だった。救急車の音が聞こえ、だんだんと近づいてくる。

 誰か倒れたんだな、近所の人かな、なんて考えていたけど、救急車の音が小さくなる事はなくずっと鳴り響き、不自然に音が止まった。


 それはまるで、この学校に傷病人がいるようだった。


「なんだろー」


 校内も一層騒がしくなり、窓から様子を伺う人や一階に向かう人、特に気にしない人など様々だった。


 まさかと思い立ち、私は親子と別れ、一組に向かう。お姉ちゃんになにかあったのではないかと思ったのだ。


「おい、村坂が傷だらけの意識不明で倒れてたんだって! しかも、捨てられていた場所がゴミ処理場だとよ!」


 ちょうど三組の前で、叫んでいる男の声が聞こえた。お姉ちゃんじゃなくてよかったと、思ってしまった私は最低だろうか。


 私が教室に入ると、ほとんどの生徒や客が窓際に集まっている。

 不安定な雲からは雨がぽつぽつと降り出し、濡らす範囲を広げていく。


 ここでは様子が見えないなと思いつつ、来た道を戻ろうとした時に、人に紛れて笑っている人がいた。


 それは、かもちゃんだった。

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