暴走のその先に 7
ガサガサで攻撃的な声。着ぐるみの中で声が籠っていてさらに不快さが増す。
やはり川原だな。部活の関係で着ぐるみによる出し物をしているらしい。
「てめぇがな」
「ふざけんな。今回はただじゃおかねー」
「私だっ「かもてゃんを泣かせた代償は大きいぜ?」」
かもちゃんが泣いた?
「……」
「どう責任取るんだよ」
「分かった。かもちゃんと話し合ってくる」
踵を返し、四階へ向かおうとするとアームハンマーがお見舞いされる。舌打ちをして乱れた髪を整えてから、面積の多い腹にボディブローを決めた。
「うっ」
相手は着ぐるみを着ているので素早く逃げられず直撃だ。蹲るクマ。ざまぁみろ。
「お前、分かってんのか?」
「は?」
「かもてゃんは、村坂のことがずっと好きだったんだ。ずっと、かもてゃんを見てた俺なら分かる」
「……」
「ただでさえ、あいつに酷い対応されて悲しいのに、あいつがお前を好きだなんてどれだけショックが大きいか分かるのか?」
「川原、あのさ」
「話し合いして解決するのか? お前はあいつと付き合うんだろ? 奴隷やってるくらいだもんな」
「私はあいつとは「かもてゃんに近づくことは俺が許さねぇ。俺がかもてゃんの敵を打ち滅ぼす者なり」」
「……」
こいつ、私の話を全く聞く気ないらしい。
その後、着ぐるみの毛を毟ると脅すと「これは学校のだからやめろ」と慌てだし去っていった。
なんだったんだ、あの野郎。
「…かもちゃん」
私の声は、誰にも届く事なく消えた。
「ねぇ!」
急に声をかけられて、心臓が飛び上がる。振り向くとロングヘアのふわふわの髪はポニーテールになっており、角度によってはピンクなので、うさぎの尻尾みたいだった。
肩で呼吸し、緊急事態が起きたかのような切羽詰まった表情だった。
「水波さん、どうかしたんですか?」
「や、」
「や?」
「八紘見てない? 用を済ませたら迎えに来てくれるはずなんだけど、全然来なくて…」
村坂を探しているのか。村坂はさっきまで私といましたよ、なんて言えない。
「見つけたら、水波さんが探してるって伝えますね」
「うん。ありがとう!」
片手を上げ、村坂を追う水波さん。村坂にはあんなに必死に探してくれる人がいるんだよ。
『俺がお前に合わせると思ってるのか。お前が俺に合わせろ』
『私は……村坂とは付き合わない。だいたいお姉ちゃんのことが好きなくせに、何言い出すの?』
『断るのかよ。いい度胸してんな』
『村坂は、私じゃないと思う』
『……』
『違うと思う』
『結局、お前も俺から離れるのか』
『そもそも私はお姉ちゃんの身代わりですから』
『じゃあ、日奈に手を出してくる』
『村坂さー、もしかしてわざと私に、初めに声かけたんじゃないの? 好きな人のクラスを調べないで水波さんに任せるなんて、おかしいなって思ってたんだよね』
『……』
『何隠してるの?』
『別に。お前を選んだ俺の判断ミスだったみたいだな』
四階に着き、一目を引いたポスターがあった。色がグラデーションになっていて、注視していると、一つの色が濃く見えたり、角度によって感じ方が違ったり。
もっと別の発見がありそうで、その魅力に吸い込まれそうになっていた。
「老眼? 今からだと苦労するな」
抑揚の全くない、聞き覚えのある声が後ろからした。いるはずない人の登場を認めたくなくて、聞こえなかった振りをしようと無反応を決める。
「…無視してんじゃねーよ」
なにかページを捲り、さらさらと書き、そのページを破く。そして、私の背中に打撃がきた。
「がんば!」
背中になにか貼りやがったかと思って手を回すけど、何もなかった。
主犯の姿を追うと、私服を着た天宇が空いている窓から紙飛行機を飛ばす。
窓際に駆け寄り、行方を見守る。紙飛行機は徐々に落ちながら、必死に抵抗をしている。
「天宇!」
私が、遠くなる後ろ姿を止めると、迷惑そうな顔をした天宇が見えた。
伊達メガネをつけ、知的な印象を与えるワイシャツに薄めのセーターを合わせ、下は細身のズボンだった。黒の靴のつま先が私に向く。
「予言しよう。今日、月奈の憎き相手に天罰が下るでしょう」
意味深な言葉を残し、廊下の先へ歩き始めた。そこ先にあるのは…美術室だ。
美術室には作品の展示とスケッチの体験をしていた気がする。それが目当てで来たのか?
「憎き相手…」
思い浮かんだ顔を消す。天宇の虚言だ。間に受けてはいけない。
私は悩んだ。お姉ちゃんに会いに行くか、天宇に付き添うか。
そんな時、二十メートル先の天宇が寂しそうにこちらを見ていたので仕方なくついて行った。
「誰が寂しそうだ。妄想してんなよ」
ツンツンしているけど、ちょっとだけ嬉しそう。可愛い義弟だ。
美術室は、あの美術準備室の隣にある。木のテーブル、椅子が中央に置かれ、その端に作品が展示されている。
絵画やデザイン画、ポスターが壁にかけられたり、立体作品があったり、美術といっても種類があるんだなと思った。
絵の具や木工用ボンドのような臭いが漂い、待ち受けていた美術部員の胡散臭い笑顔も含めて独特の雰囲気を感じた。
「待ち焦がれていました…!」
天宇に駆け寄り、握手を求める部員。天宇は拒否しようとしていたが、部員の期待に満ち溢れた目に折れて握手を交わす。
私は天宇に気づかれないように笑い、視線を戻すと天宇が見てたぞと言いたそうに冷たい目線を送るから、私はすっとぼけた。
「どうぞ、どうぞ…! おかけになって下さい」