暴走のその先に 6
わなわなと身を震わせるかもちゃん。私はどうしていいか分からずおどおどする。
「ダチを使って自分に有利に、自分の思い通りのストーリーにしようとする考えが無理」
それは、同族嫌悪だ。
「ツッキーだったらいいわけ?」
「いいわけじゃない。こいつで妥協してやるっつってんの」
「あっそう。じゃあ、村坂くんの大事なモノを言い広めちゃおうかな」
かもちゃんはスマートフォンの画面を突きつける。村坂の動画の画面だろうか。その画面を見た村坂は薄ら笑いをする。
「やれよ。顔だけじゃなく声もいいことが証明されるし、ファンが増えて万々歳じゃねぇか」
「いいの? あたしは村坂くんがシチュエーションボイスの投稿を始めたのは顔じゃない部分で自信がほしかったからだと思ってたけど」
「何を根拠に」
「多いんじゃない? 顔目当てで近づく人が。それが嫌で、臭いで試したり、遊ばれても離れないか試したり、顔が分からない二次元アイコンで声だけで人が好きになってくれるか試したりしてるんでしょ?」
村坂派には、村坂をアクセサリーにしている人もいたし、謎の行動に関して『試していた』というかもちゃんの言う事には筋が通る。
私の場合は、お姉ちゃんの身代わりになるという私に何をしてくれるか問い、寝るだけじゃなく村坂の快感を優先させる決意をさせた。
そして、それだけでなく試練を与えて耐えられるか、お姉ちゃんにちょっかいだして危機感から私はコスプレやテクニックを磨き、必死に村坂の気を引く行動に出ることを確認した。
全て試されていたとなれば…点と点が線になる。
「だから、声ファンに顔ファンが混ざったら困るでしょ」
試さずにはいられない男、村坂。外見が自慢であり、ネックであるということか。
かもちゃんは悪魔の微笑みのようだった。
「人の感情の分析がお好きなようだが、知りすぎてないか? もしかして…俺の一番最初の動画を聴いたか? ファンが一万人の時に消したはずだ」
かもちゃんの家にあったアクリルキーホルダーを思い出す。あれがネットでのかもちゃんのアイコンだとすれば…
「さぁ、どうでしょう?」
くすくす楽しそうに笑う。口に手を当てて笑う姿は私の知っているかもちゃんなのに、この拭いきれない恐怖はなんだろう。
『あたしね、気づいてたの』
『村坂くんってシチュエーションボイスを投稿してるhimnaでしょ? ファンが確か九万人の』
かなり前からの村坂のファン?
「ねぇ、どうするの? あたしを抱く? あたしを拒否してネットアカウントを晒される? ねぇ? ねぇ?!」
狂気を内に孕んだ目つきにゾクっとした。この人は、ダレ?
村坂はスマートフォンをポケットにしまい、嗤う。
「アカウントは消す」
「はぁ?!」
「お前のいいなりにはならない」
「何言ってんの? ファンが九万人いるんだよ?! 百万再生いった動画もあるでしょ?!」
「ファンは俺のことが好きだから消しても許してくれるし、ついて来いっていったらどこでもついてくる」
「転生する気? あたしは特定するわよ、どこまでも!」
「俺はなにがあってもお前は抱かない」
かもちゃんは背を向けて走り出す。その小さな背中に手を伸ばそうとするも、村坂に止められる。
「放っとけ。敗者に情けはかけるな」
村坂は大きな溜息を吐き、私を睨みつける。
「それにしても余計な手間を取らせやがって」
「…ごめんなさい」
イライラしたようにウニ部分をガシガシ掻いた。同族嫌悪をしている村坂にとって、かもちゃんとの時間はストレスが溜まっただろう。
「で?」
「で…って?」
「当然俺と付き合うよな?」
「はっ。告白避けに使っただけなくせに」
「そんなことでお前なんかに言わない」
有無を言わせない様子の村坂。答えはイエスしかないよなと言いたそうな見下した目。
「『私は優しく語りかけるような声がいいと思う』とお伝えしましたが」
「俺がお前に合わせると思ってるのか。お前が俺に合わせろ」
ああ、俺様は健在。数字ではなく、声ファンを大事にすることに決めたらしい。そして、私の好みに合わせるのではなく、ありのままの自分で勝負してきた。
村坂の名前を“俺様君臨”に変えてあげようかな。
「私は……」
今の私の気持ちを村坂に伝えよう。そう思った。
ーーー…
かもちゃんと一緒に回ろうと思ってたから、私一人だけだと急に回る気分じゃなくなる。
周りの生徒やカップル、家族連れを見るとみんな楽しそうで独りぼっちの私だけ浮いているように思えた。
教室に戻るか。でも、クラスメイトが働いている中にボーッとしてるのも変だし、もしかしたらかもちゃんがいるかもしれない。
村坂の言う事を聞くわけじゃないけど、少し距離を置いた方がいいのかもしれない。お互いに。
お姉ちゃんのご尊顔を見に行こうと、とぼとぼ歩き出す。障害物を避けながら四階の一組を目指し階段を上がっていると、着ぐるみが突然飛び蹴りをくらわしてきた。
踊り場に貼ってあるクラスの宣伝のチラシがその衝撃により剥がれ落ちる。面食らった私は着ぐるみを数秒眺め、化けの皮を剥がしてやろうと頭の部分を引っ張りにかかった。
「え、クマの着ぐるみと高校生が戦ってる」
他校の制服を着た女子たちの一人がこの争いに気づくと、いつのまにか私たちを囲むように人が出来てしまった。
階段なので通行の妨げになり、渋滞が発生。三年生の先輩に他でやれと注意され、三階の生徒会室前まで移動した。
クマの正体は見当がついている。あいつしかいない。
この湿気が多くてじめじめしてる中、着ぐるみを着ているあいつに嫌がらせしてやろうと思い、周囲にガムテープがないか探すけどなかった。
「どういうつもりだよ」




