暴走のその先に 5
「村坂くんってシチュエーションボイスを投稿してるhimnaでしょ? ファンが確か九万人の」
「……」
なんでそれをかもちゃんが知ってるのだろうか。私が知らなかっただけで、そのことは有名だったことなのだろうか。
「最近不調だよね。迷走してる感じする」
「…か」
「このこと、知られたくないんじゃない?」
「かもちゃ……」
「紹介してくれるよね?」
押し寄せる不安や恐怖で喉が渇き、眩暈がする。こんなかもちゃん、知らない。黒いオーラがかもちゃんの周りを漂っていた。
村坂のボイスアカウントの危機は私だけで判断できる物ではないので、村坂とかもちゃんを合わせる約束を取り付けた。
仕事の時間が来たので笑顔で対応する。ここに来る人は子連れのお客さんや中高生で厄介なお客さんはいない。
ボーリングのピンを扮したペットボトルを正しい位置に立てたり、柔らかいボールを渡したり接客に集中しようとするけど、あのかもちゃんの顔と言葉が頭から離れない。
それほど、村坂が好きだったのだろうか。本当は私の嘘に怒っているからかもちゃんがああなってしまったのだろうか。…私がかもちゃんをそうさせた?
「おねーちゃん、だいじょーぶ?」
やってしまった。ボーッとして小学生くらいの子どもに心配されてしまった。
私はしゃがんで目線を近づけてから眉を下げて口を開いた。
「ごめんね。大丈夫だよ。優しいんだね」
大きな黒目、綺麗な肌、ぷにぷにの頬、小さな白い歯…小さな天使が笑う。
「ままにいうとね、やさしくしてくれるから」
この歳で人に優しくすると優しさが返ってくる確率の高さに気づき、学習したのか。それとも、母親の機嫌を取らないと生きていけなかったのだろうか。
自分の負の感情を抑えて、我慢して、いい子でいるのだろうか。
ただの憶測で、ただの投影かもしれないけど、自分に似た経験をしている可能性のある子がここにいる。
「あのおねーちゃんにもいってくる」
その子はかもちゃんに向かって走っていき、かもちゃんに同じ台詞を言い、代わりに頭を撫でてもらっていた。
この子は優しさが欲しいわけではない。私やかもちゃんに優しさをもらってもそんなに嬉しくないからだ。この子は人がその顔をしていたら「大丈夫?」と声をかけなきゃいけないと思っているんだ。
こんな小さい子が他人の顔色を伺って生きているのか。
この子の行動から、かもちゃんも心配されるような状態なのだろう。
「今日、ままは?」
「どっかいった。ここでまってる」
寂しそうに、悲しそうに言う姿に胸が痛んだ。
ーーー…
「村坂くんっ」
頬を赤らめ、きゅるっとした目で村坂を見上げるかもちゃん。
当の村坂はだるそうに壁に体を預け、スマートフォンに視線を落としていた。相変わらず、ウルウニヘアで強烈な臭いを放っている。
ここは図書室前の廊下だ。今日は終日閉められているため、誰も来ない。
私はかもちゃんの様子を伺いながら、ヒヤヒヤしていた。もし、村坂がかもちゃんを怒らせてしまってブラックかもちゃんが再び現れるのではないかと。
そうなれば、今度は脅しだけでは済まない気がする。何かが、壊れる気がする。
「ねぇ、村坂くん。あたしのこと、覚えてる?」
「覚えてない」
「じゃあ、もう一回自己紹介するね。 嘉森千加です」
かもちゃんが私に紹介しろとばかりに目配せする。慎重に事を進めなければ。
「かもちゃんはご覧の通り可愛くておしゃれでさらに家庭的なの。料理や裁縫などお手のもの。村坂も胃袋を掴まれちゃうかも!」
かもちゃんは、私の言葉に満足そうにしている。 ひとまず、クリアで安心した。
一方、村坂はというとずっとスマートフォンを見ていてかもちゃんを見ようともしない。
「村坂くんとね、仲良くなりたいの」
「ヤっていいってこと?」
露骨だな。オブラートに包むっていう言葉を知らないのか?
「村坂くんが望むなら…」
恥ずかしそうにもじもじするかもちゃん。そんなことを言われたら村坂ごとき野獣はイチコロだろうよ。
「胸もケツもなさそうだからな」
「ご奉仕するよ?」
「…あんたに興味ないからやめとく。それより、お前に言いたい事がある」
かもちゃんで少し遊んでから、村坂は私を指名する。なぜ遊び人のくせにかもちゃんを断る?臭い儀式を乗り越えてないから?覚悟が見えないから?
「待って、村坂くん。話は終わってない」
「話は終わった。俺に指図すんな」
怒りに表情を強張らせるかもちゃん。この話の流れは、危険信号だ。
「なにをすればいいの? ツッキーみたいに奴隷になればいい?」
「キャンキャン吠えるな。鬱陶しい」
かもちゃんが固まった。 そろそろ爆発するかもしれない。私は冷や汗が噴き出した。
「わ、私よりかもちゃんの方が可愛いじゃん? よく見てみてよ」
「お前は相変わらずのブスだな」
からかうように村坂は私に言葉を放つ。そうそう、私を下げてくれればかもちゃんの良さがより目立つ。
一人で、流れを変えられたんじゃないかと自画自賛をしているところだった。
「ブスなお前をこの俺がもらってやろうか?」
「「……え?」」
俺様野郎には流れがどうかは関係がなかったらしい。ゴーイングマイウェイ。悪く言えば、空気が読めない。
「なんで…村坂くん」
「気まぐれ」
「じゃあ、あたしでいいじゃん?」
「うっせーな。調子に乗ってんなよ。俺はお前の穴にも惹かれねぇ」
「……」