暴走のその先に 4
「あれ、なんも聴こえない」
「まだ聴いてないよ」
「なんだよ」
「髪乾かせや、首にかかってるタオルに恥をかかせんな。首絞めるぞ」
「タオルに感情はねーよ」
天宇が私の耳にイヤホンを付け直し、外したタオルを私の首にかけようとしてくる。
阻止しようとすると、目にタオルがかかり、No.114237の時の記憶が走馬灯のように過ぎる。
「や、やだっ!」
タオルを投げ飛ばすと、床に無惨な姿で落ちた。天宇は無言でそれを拾う。自分の首にタオルをかけると、私からスマートフォンを抜き取り操作し始めた。
「ちょ、なに?」
私の手に戻った時、曲が流れ始める。どこかで聴いたことあるような曲だった。
「俺のおすすめ」
思い出したくない記憶を吹っ飛ばしてしまうようなスカッとする激しめの洋楽ロックだった。
ーーー…
文化祭当日。
曇天の空の下、校門には文化祭の看板が立てかけられ、校内はお祭り騒ぎだった。
屋台は飲み物専門のところやじゃがバタやフランクフルト、チョコバナナやドーナツなどその文字を見ただけで涎が出てくるくらい美味しい物が並んでいる。
外だけでなく中もいろんな空間があり、縁日やお化け屋敷、迷路など体験で楽しめるアトラクションもある。
ダンボールや合成繊維製テープ、画用紙など様々な道具を使い、個性的を出したのでそれぞれの良さが際立っている。
私のクラスはミニゲームで、ボウリングやじゃんけんが楽しめる。クラスTシャツでクラスの一体感が出た。
私の担当はボーリングで十時からの一時間が仕事だった。カモちゃんも同じ枠なので、その後に一緒に文化祭を回る約束をしている。
川原は時間が違う上、部活で出し物をしているらしく、かもちゃんに泣きついて慰めてもらっていた。
正直言って、ざまぁと思った。かもちゃんを独占するのは私だ。
そんなかもちゃんはメイクでいつもより一層可愛くキラキラしている。長めのアイラインに長いまつ毛、薄ピンクのリップでうる艶。可愛い。
クラスメイトも普段しない人がつけまつ毛をしていたり、ヘアカラーをしていたりする。
「ツッキー、今日はメイクどう?」
指の間にマスカラやアイライナーやリップを挟み、ウインクをするカモちゃんに首を横に振る。
もったいない気がしてしまうのだ。可愛くなりたい理由もないし、私はこれでいい。
「そう? 残念っ」
これから楽しい一日が待っていそうな予感がする今日だったのに、私たちを見守る空は乱層雲の暗い灰色でどんよりしている。天気予報では午後から雨が降るといっていた。
ワクワクしている気持ちにじわじわと不安で覆い被されそう。そして、不安から生まれるのは…冷えた悲しみの涙?
「ツッキー、あのさ」
「なに、かもちゃん」
「村坂くんと関わって二ヶ月くらいになるじゃん?」
「…そうだね」
「奴隷とはいえ、あたしより関わってるじゃん?」
「…そうだね」
「村坂くんに…あたしを紹介してくれない?」
この時が来てしまったか。
私はかもちゃんに嘘をついた。かもちゃんに村坂と関わってほしくなかったから。かもちゃんのことが大切だったから。
今でも、かもちゃんに関わってほしくない。
ここで断ったら、私が村坂を好きでかもちゃんに取られたくないからだと勘違いされるだろう。それゆえ、正直に打ち明けることがいい結果を導くだろう。
「その前に話したいことがある」
「うん。なに?」
「私、かもちゃんに嘘をついた」
「…そうなの? どんな嘘?」
「『私みたいなブスが気に入らないみたいでいじめるんだって』って言ったんだけど、あの時はそうじゃなかった。ごめんなさい」
「『あの時』は?」
「今は、村坂の取り巻き集団からちょくちょくいじめられてるから。ブスでかは分からないけど、気に入らないんだと思う」
「…んー」
かもちゃんは頭の中で情報を整理しているようだ。六十度くらい上を見て、唸っている。
「先に伝えると、私はお姉ちゃんを守りたかったの。村坂がお姉ちゃんを狙ってることを知って、お姉ちゃんとほぼ同じ顔の私はどうかって提案したの。でもそれだけじゃダメで…」
適切な言葉を探す。
男女の関係に?肉体関係に?不純異性交遊をした?不健全性的行為をした?
「……なるほどね」
私が言わんとすることを分かってくれた。さすがかもちゃん。
「私も人のことを言えないけど、村坂はクズなの。多数の女子をつまみ食いしてる」
お願い、かもちゃん。諦めて。いくらかっこいいからって、相手を思いやれないクズにかもちゃんがいいようにされるのは見たくない。
村坂を選ぶなら、川原か瀬尾の方がかもちゃんを大切にしてくれる。
「あたしね、気づいてたの」
ドキッと心臓が大きく脈打つ。嘘をついていたことがバレていた?