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それぞれの思惑 5

 廊下まで…いや隣のクラスまではっきりと聞こえるように言ってやった。クラスメイトも、こいつの取り巻きも、サーッと顔色が青ざめる。一触即発のこの状況で空気読めないやつなんていないと思っていた。


「ふはははははは! 綺麗に言い直してる!!」


 瀬尾がいた。床にあぐらをかき、お腹を押さえて、ケラケラと楽しそうにしている。一人で勝手に面白そうだった。

 瀬尾の笑いに教室の空気が変わるかと思いきや、近寄りたくないと一歩ずつ私たちから離れそうとする者や、村坂の次の行動にビクビクし最悪の場合は止めに入ろうと身構えている者もいた。


「ああ、そう。そういう態度を取っちゃうんだ…」

「……」

「ぎゃはははは!」

「ふーん?」

「……」

「くっ……くくくく」


 瀬尾、うるさい。村坂は、自分の前髪から手を差し込んで、そのまま自身の髪を撫でる。まるで、シャワー後に髪の毛が邪魔にならないようにオールバックにする人みたい。特定の人にはセクシーに見える仕草のようで、村坂派の女子はその姿にうっとりした表情を浮かべた。


「まさか淡成日奈たんじょうひながこんなやつとは……萎えたわ」


 淡成…日奈……だと?


「それはそうだよ」


 瀬尾は、制服についたゴミを払いながら、立ち上がる。私の隣に並ぶと、柔らかく微笑みながら、私の髪を一房取った。


「お前の前にいるのは、淡成月奈たんじょうつきな。お探しの日奈さんではない」


 そして、そこにキスを落とした。


「…どういうことだ。なつめ」


 考えるように少し間を空けると、なつめと言われた可愛い子を睨みつける。可愛い子は、ロングの巻き髪を人差し指にグルグル巻き付けながら、流し目で言う。


「だって〜同じ顔なんだから、どっちでもいいじゃーん?」

「よくねぇよ。ふざけんな。俺は日奈っつったよな? じゃあ、俺は本当のブスに時間を使ってたと言うことか?」


 チッと舌打ちした後、深いため息をついた村坂は、途端に私への興味をなくし、背中を向ける。その足で、どこに向かうというのだろう。お姉ちゃんには、絶対近づかせるわけにはいかない。明らかに、お姉ちゃんを取り巻きの一人として扱おうとしているやつなんかに!


「ちょっと待って!」


 私の声が聞こえないかのように歩き続ける村坂。村坂にとって、私は用のない人間…価値のない人間ということだろう。だったら、「私が淡成日奈になる!!」

 価値のある人間になればいいだけの話だ。


「月奈……?」


 瀬尾の困惑した声が聞こえる。クラスメイトの少数と村坂派はざわめき出す。視界の端で、可愛い子の口角が上がった気がした。


「お前が? どうやって?」


 無表情で淡々と言葉を紡ぐ。お姉ちゃんという人質を取られて、手も足も出ない。悔しさで拳を握り、掌に爪が刺さる痛みを感じる。


「…身代わりになる。あなたがお姉ちゃんに望むことを……する」


 絞り出した声は、しっかりと村坂へと届いたことがニヤリとした顔で分かった。


「必死だな。姉のために」


 そして、白くてゴツゴツした手が私へと迫ってきて、顎を掴まれる。女子の悲鳴が響く。


「何あいつ?! 八紘くんに手を出してる〜!!」


 よく見ろ、女子高生!触ってるのは私じゃなく、こいつだ!


「いやーーー!」


 お前らの目は飾りか?ツッコんでいる余裕なんてないけど、色眼鏡で見られたため、ついツッコんでしまった。

 村坂は、私の首をもげそうなくらいに左右へ動かし、じっくりと私の顔をいろんな角度で眺めると、投げ捨てた。


「ブスなんだもんな〜。どうしようかな〜」


 新しいオモチャでも見つけたかのように、楽しそうに、私の心をもてあそぶかのような態度を示す。村坂からしたら取り巻き…いや、自分の好きにできる女が目の前に現れ、しかも弱みを握っている。もう、手に入れたも同然だ。

 一方、私は自分を欲してもらうために、どんどん身を差し出していく運命。差は歴然だった。


 村坂は廊下を指差し、「詳しく話そうか?」と言い教室を出て行った。わざわざ、私を連れ出す必要なんてない。首輪をつけてリードを引く、なんてことも必要ない。

 私は、行かなきゃいけない。行って、お姉ちゃんから目を逸らさせなきゃならない。私の、なにを使っても。

 

 …例え、それが奴隷の道だったとしても。


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