暴走のその先に 2
かもちゃんがお手洗いに行ったので先に教室に戻る。
ムスッとした顔の川原がなぜかガンを飛ばしてきた。こちらも負けじとガンをつけると音を立てて川原は立ち上がる。スタスタと私の机の前で停止した。
「お前、なんなの?」
「お前がなんなんだよ」
お弁当を鞄にしまい、机に肘をついて手のひらに顔を乗せた。今朝、無視した文句か?
私と川原のパターンが毎回ほぼ同じなのに懲りない男だ。
「なんでかもてゃんに俺を薦めた」
「……聞いてたの?」
「たまたまな」
「たまたまなわけあるか」
「たまたまはたまたまだ」
「はいはい、たまたまっすね」
かもちゃんの気持ちを知りたくて、私たちの話を盗み聞きしたようだ。川原もそろそろ気持ちを確かめたいのかもしれない。
「別に意味はない。消去法でたまたま」
「お前は村坂が好きで奴隷になり、瀬尾からも好かれてるのに?」
「かもちゃんにとって、いい人だと思うってことで私の話ではない」
「…お前って本当は俺のこと好きなの?」
「勘違いもいいところだな」
思わず鼻で笑ってしまった。
私が川原を好き?ないわ。即答できる。
「俺、かもてゃんを好きになったのは、今思えばお前に近づけるからだったのかも。もっと近づいてもいい?」
「……え?」
どうした?話が通じない?私、日本語を話してるんだけど。……え?
バカにしてやろうと思ったけど、川原の真剣な顔を見てやめた。
かもちゃんに『三人気になってる』と言われ、自分の心を守りたいのかもしれない。今、辛いのかもしれない。
「かもちゃんがね、前に川原のこと『なかなかの筋肉でいい体』って褒めてたよ」
「…他には?」
「ほ、か……というか、そこが一番印象に残っているからその言葉が出たんじゃないかな。かもちゃんがいい体の人に守られたい願望があるのかも?」
「そう…かもな! あんなに可愛くて家庭的な女子が阿婆擦れなわけないよな」
「……」
「俺の味方はバスケだ! あーあぶね! お前なんかにぐらつくところだった」
「足折ってやろうか?」
右足を持ち上げると、風のように去っていった。呆れながらいなくなった場所を眺める。
だから、そんな私を見つめる人影があったことに気づかなかった。
ーーー…
「国総」
「83!」「71!」
「地理A」
「77!」「78!」
「数Ⅰ」
「92!」「…69」
「理総A」
「70」「85!」
「英語Ⅰ」
「64」「82!!」
意外と接戦だった。ここまでで一点差だとは想定外の展開だ。
残る教科の点数を言い合い、合計点を出す。結果はというと。
「ツッキーの勝ち!」
「うぇーい!!」
「……」
「681点 VS 647点でした〜」
「…かもてゃん! 慰めて〜!」
スマートフォンを掲げたかもちゃんに抱きつく川原。川原でカモちゃんの腕の一部とスマートフォンしか見えなくなる。
「なに、かもちゃんにさりげなく抱きついてんじゃコラアァ!」
「かもてゃ〜ん」
すっかり元の川原に戻ったところを見ると、この間のアレはたまたま近くにいた私に慰められたかっただけなのだろう。
大して好きでもないのに、自分のために相手に好きと伝える。そして、傷ついた心を一時的に好きでもない相手に癒してもらう。
女でついた傷は女で治す。そういうやつなのか、川原は。
「よしよし」
かもちゃんが小さいため、全然よしよしできていない。楽しそうにイチャイチャしているのを白い目で見ながら、かもちゃんの机の上のテスト用紙を回収して自分の席についた。
かもちゃん、嬉しそう。川原に決めたのかな?それとも…
「月奈!!」
興奮しているのか瞳孔が開いているし、髪はボサボサ、余裕がない様子が窺える。お姉ちゃんは私のクラスに入ってきて、私の前にスマートフォンの画面を持ってきた。
映っていたのはSuiからのメッセージだった。その文章からすると、Suiは無事でニヨルドたちは海に帰ったと書いてあった。
お互い武器を持っていたんだから無傷とはいかないだろうけど、死者はなく引き分けということなのだろうか。
「一安心だね、お姉ちゃん」
呼吸を乱し、肩を揺らすお姉ちゃんは心の底から嬉しそうに笑い、大きく頷いた。太陽の満面の笑みに、心が温まる。
そして、やつらがもう私を狙うという心配はないことが付け足されていた。
私は解放された。自由の身だ。お姉ちゃんにも、Suiにも、感謝しなければならない。
数日後のニュースで私の心はざわついた。
ーー海之沖で身元不明の男性遺体が発見されました。海之海上保安署によりますと、漁業関係者から「木造船が遭難している」と通報があったとのことです。遺体は、男性で、年齢は五十歳前後、身長は百七十センチメートル、スーツなどを着用していました。体には刃物で複数カ所刺した跡があり、殺人事件として捜査しています。
 




