姉妹の正体 8
不満そうにディスクチェアに腰を下ろし、くるりと私に体を向けた。短パンから綺麗な御御足が伸びる。程よい筋肉で色気を感じさせる。
「月奈に逃げるには十分の理由があったはずよ。中学の時の事件、あたしに暴力振られたこと、そして家の前で暴行されて児童養護施設に置き去りにされた時…なんで逃げなかったの?」
「逃げる選択肢はないからです。お姉ちゃんの影武者でいることが私の生きる意味だから。お姉ちゃんの影武者じゃなきゃ、私には何も残らないから」
「バカね。本当にバカ! どんな思いで私が…」
近くにあったふわふわの白いクッションを投げてくるお姉ちゃん。羽毛が抜けてひらひらと羽根が落ちていった。
「なんとなく、分かってたのかもしれない。お姉ちゃんが私のために私を突き放すようなことをしていることが。暴力を受けるたび、お姉ちゃんの愛を感じてた。髪の毛もそうでしょ? お姉ちゃんと似せてるとまた同じ事件が起こるからって短くしろって言ったり、体に痣を作ってスカートを履けなくしたりした」
「あたしは月奈ならここじゃなくても生きていけるって思ってたの。せっかく自由の身になれたのにSuiに言われたからって影武者をやる必要はないのよ」
「私、お姉ちゃんの影武者をやることができて幸せです」
「…もしかしたら、Suiはそれが分かってて影武者をさせてたかもしれないわね」
前髪を掻き上げ、脚を組み直すお姉ちゃん。なんでもない仕草もお姉ちゃんにかかれば悩殺ポーズへと変わる。
「今回は私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
額が床に付くくらい頭を下げる。そして顔を上げ、続けた。
「私のせいでお姉ちゃんが毒殺されそうになりました。お姉ちゃんを階段から突き落とそうとしたやつももしかしたら「それは違うわ」」
私の言葉を遮るお姉ちゃん。組んでいた脚を解き、脚をそろえて立ち上がるとお姉ちゃんも私と同じ位置に座る。
「足が冷えちゃうから何かに座った方が「あたしも月奈に謝らなきゃいけないことがある」」
「お姉ちゃんが…私に?」
「美談みたいに話しちゃったけど、どんな理由があろうと月奈を傷つけ続けたこと、ごめんなさい。そして、その内の一つの作戦のことについて話しておかなきゃいけないの」
「作戦?」
一度、床に目線を落としてから、私をまっすぐ見つめた。それは何かを決心したようにも思える。
「実は、協力者がいるの」
「……はい」
「月奈と仲良くなってもらって、月奈の本音を突き止めたかったの。あたしには吐かない本音を聞きたかったの」
「……はい」
「それがね、瀬尾くんなの。ごめんなさい」
お姉ちゃんと瀬尾が繋がっていた?
言われてみれば、距離感が絶妙だったり、私に甘い言葉をかけてきたり、いい人すぎたところはあった。
いろんなことに対して辻褄が合う。
「入学式の日、周りの目を気にせずじっと見てくる人がいて、“使えるかも”って思ったの。あたしの言うことを聞いてくれそうだなって。声をかけて、『月奈っていう双子の妹と仲良くなって本音を聞き出してほしい』って言ったらすんなり受けてくれたわ。月奈の扱い方を教えて、その時を待ったの」
「……」
「だけど、月奈が降参する気配がないもんだから自分で階段に落ちようとしたり、最終手段としてSuiに相談して痛めつけてもらって児童養護施設の前に放置したりした」
『戻ってくるな、月奈』
あの時の声はSuiだったのか。優しい声だったから、Suiだと分からなかった。
「…バスケの試合後にあった事件は?」
「え? それは知らないな」
「……そうですか」
お姉ちゃんじゃないとしたら、あれは誰の仕業だったのだろうという疑問が浮かんだ。
「私は瀬尾くんを切るつもりだったの。用済みだったしいらないなって思って。何度か告白っぽいものも受けたから離れなきゃって」
お姉ちゃんを抱きしめた瀬尾は、本当に優しい目をしていた。愛おしかったのだと思う。
瀬尾から言われた言葉の数々は、私じゃなくお姉ちゃんに向けられたものなのかもしれない。
かもちゃんが瀬尾と下条先輩が似てるって言ってたけど、そういう意味でもそっくりだ。




