姉妹の正体 6
天宇が私の両手を解放する。結束バンドの跡がくっきり残っていた。
「……呼んでないけど。警官なんて」
手の動きを確認するようにゆっくり動かす。異常はないようだ。
「はぁ? じゃあ、他に誰が呼ぶんだよ」
「私は陣東という男のことについて警察に相談しただけ。事態に変化があったらまた連絡してと言われて終わったの」
天宇は一瞬だけ気まずそう顔をしてから視線を外した。
「…そうだったのか。ごめん」
「いや、いいよ別に。こっちこそ、助けに来てくれてありがとう」
「礼はいらない。Suiに言われただけだから」
天宇は窓の外を眺める。
過ぎ去っていく景色はどこかの港のようで、濁った海や船着場、立ち並ぶ大きなクレーンなどが存在していた。船舶がボーッという汽笛を鳴らす。
港に来た覚えや船に関わった覚えもないけど、聞き覚えのある音だった。もしかしたら、私は船に乗せられて移動したことがあるのかもしれない。
「あの組織は密輸をしているらしい。奴隷にする子どもや武器、違法薬物など手に入れてクライアントに売る。そうして、しぶとく生きてきたんだと」
「詳しいね?」
「Suiが言ってたことを伝えてるだけだ。今、Suiが相手してるジジイの仲間はただそうしたモノを集めるだけで、実際にいろんな国に密輸しているのはジジイの上の仲間だそうだ」
「他人がしたことを自分の功績のように自慢したってこと?」
「虚栄心から来るプライドなんだろうな」
確かに言われてみれば、ニヨルドの余裕は経験不足を補う演技だったのかもしれないし、Suiによる一方的な戦いだったようにも思える。
大ボスに許可を取ったのかというSuiの発言からしても、プライドを傷つけられたニヨルドが感情的に行った事件なのかもしれない。
「人は人を傷つけて生きているのかもしれない」
天宇の言う通りだ。私は組織には拉致され奴隷として売られそうになった被害者であるけど、お姉ちゃんを危険に晒した加害者でもある。
お姉ちゃんだけではない。陣東も私がいなければ被害に遭わなかった。村坂派の人も行動にしなくとも傷ついた人はいるかもしれない。
「怪我、してないか?」
じっと真っ直ぐに私を見る天宇の目はとても綺麗で澄んでいる。
天宇も人を傷つけたことがあるんだろうか。私の知らない傷を負っていたりするんだろうか。
「うん。大丈夫」
優しいなんて気持ち悪い、という言葉が出かけたけどやめておいた。今日はそんな気分だった。
車は淡々と道を走る。安全運転で揺れも少なく、地図や標識がインプットされたような正確さを感じる。
そういえば、この車は誰のもので、運転してる人は誰なんだろう。
座席からはみ出す黒い無造作ヘア、そしてバックミラーに映る年相応の整った顔。誰かに似ている顔。
視線に気づいたのか、光が眩しかったのか、その人はサングラスをかけ始めた。
「それにしても、月奈って散々な目に遭ってるな。朝帰りしたと思ったらホラーみたいな顔してて、その後買い物に行ったら組織に捕まるなんて」
「……ねぇ、天宇」
「なんだよ?」
「なんで私がいた場所が分かったの?」
「Suiがそこに行けって言うから」
「なんで?」
「知らねーよ。アジトなんじゃねーの?」
アジトなんて決まった場所があったら、敵や警察に特定されてしまうリスクがある。いくら大きな組織の下っぱでも、そんなリスクを放っとくだろうか。ましてや、こんなに大量の武器がある場所を。一般の車でさえ安易に入れる場所に?
「…お姉ちゃん?」
「姉ちゃんがそんなこと知ってるわけ「そうじゃない! 運転してる人、お姉ちゃんと似てる!」」
「……そりゃあそうだな。父親だし」
『被害者と淡成の父の年齢も近い。交流があったのでは? 本当は…死んでるの?』
『生きてるよ』
「この人が……?」
お姉ちゃんの父親!?
似てる。オーラもそうだけど、自立している感じが特に。しっかりしてるというか大人っぽいというか。一人でも生きていけるような、内から出る自信みたいなものを感じる。
この人の一部からあのお姉ちゃんが生まれたのか。綺麗で整ったおじさまという印象が、お姉ちゃんを生み出した尊いお方という変化を遂げた。
本当に生きていたのか。
「あ、あの……」
だったら、この方とSuiとお姉ちゃんの間に何があったのか知りたい。Suiとお姉ちゃんが許婚にされた経緯も。なんで姿を見せなかったのかも。聞きたいことはたくさんある。
「……」
私の声が聞こえていないかのような反応をする。もしかして、耳が聞こえない?
それとも、私と面識ないから自分に話しかけるわけないと思っているのだろうか。
「私、日奈さんにお世話になっている月奈と申し「話しかけても無駄だよ」」
天宇が話の途中で声を被せる。邪魔されたことで一瞬思考停止し、言われたことの理解もできず言葉が出てこなかった。
「この人、Suiに舌を切られたっぽいから」
「……え?」
何言ってんの?天宇。昔の刑罰じゃあるまいし、そんなことあるわけない。




