影武者として 14
ボールを奪い合い、ゴールを狙い、今度は守るために走る。攻守の切り替えが激しく、白熱した戦いが続く。
川原の背番号は十七だったけど、ここから番号ははっきりと見えなかった。試合に出場しているかも分からない。
「バスケの試合は、十分なんだね。にんじんの茹で時間じゃん!」
「十分間試合をした後は、インターバルっていう休憩が二分あるの」
「二分! ブロッコリー茹で時間だ」
「お…おん」
「ちなみに、どちらも沸騰した鍋でね」
「よく知ってるね」
「今は凝った物じゃなくても、電子レンジや炊飯器で簡単にできる物も多いよ。だから、ツッキーにもできるよ」
「私は…」
今は、お姉ちゃんが家事をやっている。だから、私はさっぱりできない。できないというより、やってないだけなのだけど、今後私が家事をするタイミングは、あるのだろうか。
お姉ちゃんが、予定通りSuiのお嫁さんになったら、私はどうなるのだろう。お姉ちゃんと一緒にいることができるのだろうか。それとも、お姉ちゃんと離れ離れになるのだろうか。
お姉ちゃんがいなくなったら、私はどう生きていけばいいのだろう。Suiがいなければ…私は、お姉ちゃんと一緒にいられるのかな。
「ツッキー?」
考え込んだ私を、かもちゃんが心配そうに見つめる。私は口角を上げ、簡単にバスケットボールの説明をした。
バスケットボールは、十分の試合を四回行う。その四回の間には休憩があり、第一クォーター→(インターバル)→第二クォーター→(ハーフタイム)→第三クォーター→(インターバル)→第四クォーターといった流れだ。ハーフタイムは、十分の休憩である。
「走りっぱなしじゃ、疲れちゃうもんね」
「あとは、細かいルールや違反もあって、何秒以内にしなきゃいけないとか、やり方が違ったら相手チームにボールが渡っちゃうとか、あるんだ」
そうはいっても、私が知っているものは三秒・五秒・八秒ルールやトラベリングやダブルドリブルのような、比較的簡単なものだけだ。
プレイしている人たちは、もっとたくさんのことを意識しながら、必死に戦っている。
「ツッキー、詳しいね?」
「うん。中学でバスケを少し、ね」
「部活してたの?」
「ううん。部活は眺めてただけ」
体力を使い果たしても、どんなに追い詰められても、最後の最後まで見逃せない展開に、目が離せなかった。そんな私に…下条先輩は、バスケを教えてくれた。
シュートやドリブルの仕方だけで、バスケの一部分ではあったけど、見ることしかできなかった世界に触れることができたことが嬉しかった。新しい世界へ足を踏み入れる手伝いをしてくれた、そんな先輩が好きだった。
「あ、うちの高校のシュートが死守された!」
私の初恋だった。
試合は、シュートが決まった次の瞬間にはシュートされる、一進一退の攻防が繰り広げられていた。オフェンスとディフェンスの睨み合いの末にディフェンスが抜かれたり、流れるようなパスの後リングに当たらずスリーポイントシュートが決まったり、息を呑む展開が続いていた。
「そういえば、川原くんはどこだろ?」
「…分からない。でも、なんとなくあの辺にいそう」
「分かる〜あの辺にいそうだよね」
かもちゃんとは、時々会話をしていた。でなければ、ずっと体に力が入ったままで体がもたなかった。一方、天宇と瀬尾は、真顔でボールを目で追っている。
そんな中、私はふとした時に下条先輩を見てしまう。見ないようにと思って他の選手を見るのに、気づいたら視界の真ん中にいた。
努力の結晶が体から離れ、光を纏い輝きを放っている。最海高校のユニホームで見分けがつかないはずなのに、先輩だけ分かる。
いらない、マジック。私は、どうかしている。
「あ、反則?」
「みたい。フリースローだ」
宇園高校側が最海高校側のシュートモーション中に手を叩いたらしく、フリースローが与えられた。審判が違反と判断した後シュートが入ったのでそのシュートは加点され、さらに一本のみフリースローがこれから行われる。
フリースローレーンに並ぶのは、オフェンス二人とディフェンス三人で、それぞれ位置につき、審判からボールを受け取った五秒以内にシュートを打たなければならない。
シューターは、最海高校の背番号四番。おそらく、キャプテンだ。
全身をバネのように使い、打たれたボールは手元を離れて弧をえがき、ゴールに吸い込まれるように入っていった。会場が沸き、ボルテージが最高潮に達した。
ハーフタイム後の第三クォーターで会場をどよめかす、ハイスキルなトリックパスが行われた。
ノールックパスだ。パスを送る選手を見ずに、ボールが渡された。
ディフェンスや観客は予想外のパスに動揺し、その隙に得点が加算された。そして、ナイスアシストである宇園高校側の選手の背番号は十七番。なんと…川原だった。
「かもちゃん、見た?」
「見た。すごい…」
「「……」」
呆気に取られた人は、私たちだけじゃないだろう。ノーマークだった試合が、こんな盛り上がりを見せ、最後まで興奮冷めやらなかった。
ーーー…
「負けちゃったね〜」
かもちゃんが、大きく伸びをしながら言った。そうは言いつつ、私たちには笑顔が溢れていた。
見ていて、楽しかったからだ。宇園高校のバスケットボール部の人たちは悔しいと思ってるかもしれないけど、私たちには負けたことは気にならなかった。
やっぱり、バスケットボールは素晴らしい。あの人への想いは薄れど、バスケットボールは今も私にあの時の情熱を呼び覚まさせてくれる。




