影武者として 12
顔から火が噴き出した。やがて、火は全身を焼き尽くし、焦げ跡として私の心に思い出を残した。
瀬尾の褒め言葉攻撃は、バスケットボールの試合会場である気合体育館に到着するまで続いた。かなり細かく良い感想をくれ、その度に照れてしまった。
自分が頑張って綺麗になったわけではないのに、褒められるという行為は純粋に嬉しい。かもちゃんに感謝しなければ。
気合体育館の前は、関係者や観客の人々が集まっていた。 駐車場には、大型バスや車が整列されている。
入り口へと歩きながら、スマートフォンを確認したが、何も通知はなかった。
ズボンのポケットにスマートフォンを入れた後、真っ直ぐ前を向くと、振り向きざまにこちらへ踏み出した人とぶつかりそうになる。危機察知能力が発揮され、衝突は免れた。
文句を言ってやろうと、口を大きく開くと、意外な人物の登場により言葉にはならなかった。
濡羽色の髪に漆黒の目、化粧をせずとも毛穴はなく統一感ある肌、不愉快そうな顔、同じ目線の見慣れた顔。
「天宇?!」
「げっ……月奈」
真っ先に嫌そうな顔をする義弟。その様子から、私がここにいることは知らなかったようだ。確かに、お姉ちゃんにしか場所は伝えてない。
天宇の手にはスマートフォンが握られていて、誰かと電話をしていたのか、電話の相手と話し出す。
「誰、この人?」
瀬尾が天宇を見ながら、問いかける。かもちゃんはその奥で、口元を緩めている。
「あ…弟です」
瀬尾は私を見てから目を丸くし、もう一度天宇を見た。
「弟? ……いたの?」
「うん」
実の弟じゃないけど。それを言ったら、お姉ちゃんも実の姉じゃないけど。形式的には弟で間違いない。
「美男美女のきょうだいなんだね!」
「あとは……?」
「いや、他はいない」
「ツッキーは、性格的には長女っぽいね」
「あー分かるかも」
「そうかな? そんなことないよ」
「あたし、お姉さんがいるって聞いた時ビックリしたんだよ。お姉さんはお姉さんでも双子だって言うから、納得しちゃった」
「顔は、すごい似てるよな」
「かもちゃんも、瀬尾も、一人っ子?」
「「うん」」
「そっか」
天宇がスマートフォンを耳から離し、画面をタップすると、こちらに顔を向けた。眉間に皺が寄っている。機嫌が悪いらしい。
「こんなところでも、月奈の顔を見ることになるなんて最悪だな」
「そのセリフ、そのまま返しますわ」
「俺のことつけてきたんじゃねーだろうな?」
「そんな暇ないんだわ。こちとら、お姉ちゃんに事前に知らせて来てるんだわ。あんたの方が寂しくてついてきたんじゃなかろうね?」
「そんなわけあるか。気色悪いな」
「じゃあ、なんでここにいんのよ?」
「野郎と待ち合わせしてたけど、ドタキャンされた上に、試合かなんかで体育館が使えないだけだ」
「だっせーな」
「だっせーもくそもねぇわ。つーか、その格好なに?」
「え…可愛いでしょ?」
「人によるんじゃね」
「どういう意味だよ!」
ギャーギャー騒いでいる私と天宇の背後に黒い影が通り過ぎる。それはかもちゃんの前で止まり、大きな体でかもちゃんの視界を奪った。
かもちゃんの太く長く伸びたまつ毛に守られる、光が宿る黒目がそいつを捉えた。
「かもてゃん! 来てくれてありがとう!!」
ユニホーム姿の、川原だった。白くて清潔感あるユニホームに、宇園の文字と十七番の数字を背負っていた。
「私服…すんごくいいね」
「そうかな? ありがとう」
「俺……頑張るから…見てて」
「うん! 頑張ってね」
「っ〜〜! うおぉぉぉ!」
可愛さマックスのかもちゃんからの『頑張ってね』の破壊力は、相当な物だろう。やる気が漲った川原は、周りに恐怖を与えながら叫び去っていった。
私や瀬尾のことに、見向きもしなかったなとふと思った。
「月奈、この人が昨日黒いやつを渡すって言ってた人?」
瀬尾に目を向けながら言い、瀬尾がそれに気づくと目線を逸らした。そして、瀬尾は私を見た。
「あ、そうそう」
お姉ちゃんに渡すよう頼まれた黒いポータブル充電器のようなものを探そうとするも、この荷物の中から探すのは一苦労だなと躊躇する。手が止まっていると、天宇は続けて言う。
「なんで、ペアルックしてるの?」
「た…たまたまだから!」
「月奈と俺は、通じ合ってるのかもね」
瀬尾が話に乗ってくると、天宇は興味なさそうに、そっぽを向く。
「ツッキー! そろそろ会場に入ろうよ」
かもちゃんから声がかかり、移動を始める。すると、ついてくる人物が一人。
「…天宇、なんでついてくるの?」
「どーせ暇だし、ついでに見ていく」
「あ、一人で帰るのが寂しいの? 義姉ちゃんと一緒に帰る?」
「ふざけんなっ。バスケを観るだけだ。お前がどうとか関係ない」
「ソラくんは、なんの部活に入ってるの?」
かもちゃんが、瀬尾と私の壁を避けるように顔を覗かせて聞く。髪が、ふわりと舞う。
「美術部、です」
天宇が、敬語を使っているところを見るのは、初めてかもしれない。年上に敬語を使うことは当たり前と言えば当たり前だが、無愛想なりにかもちゃんを気遣ったその姿が面白い。
「えーそうなの? 見てみたぁい」
「…見せません」
「そっか! 見せたくなったら、いつでも言ってね」
「…ならないです」