影武者として 11
扉を開けたまま、リビングに消えたかもちゃん。私は、レースのベッド前のカーペットに腰を下ろす。
手でカーペットのさらさらもちもちの感触を味わっていると、ベッドの下に冷たい金属の物に触れる。不思議に思って取り出すと、何かのキャラクターのアクリルキーホルダーだった。
レインボーカラーの髪色の妖艶な姿の女性が、男をメロメロにさせるポーズを取っていた。私が触れたのは、金具部分だったらしい。
摘んで眺めていると、かもちゃんが机の上に飲み物が乗ったおぼんを置いて、凄い勢いでキーホルダーを取り上げた。かもちゃんの必死な表情にビックリする。見られたくないものだったらしい。
「勝手にごめん…ベッドの下にあって…」
「ううん……別に」
「アクリルキーホルダーも作れるなんてすごいね」
「…これは、買ったやつなんだ」
「そうなんだ。可愛いね、それ」
「うん。お気に入りなの」
気まずい雰囲気を感じながら、かもちゃんがクローゼットにそれをしまって、烏龍茶が入ったコップを私の前に置いた。氷が不安定にぐらぐらしながら、カラリと崩れた。
「き…今日は、この後なにするの?」
気まずい雰囲気を打ち破ろうと話題を変えると、カモちゃんが笑顔を浮かべこう言った。
「ツッキーおしゃれ作戦を決行するの」
「おしゃれ…作戦?」
「うん。瀬尾くんを驚かせちゃおう!」
「……え?」
プロが持ってそうなピンクとシルバーのコスメボックスから、いろんな形の道具が出てきて、使い方や保管の仕方、使用期限など説明を受けるも何がなんなのか分からず、毛穴が消えたり、統一感が出たり、顔のパーツが整えられたりした。
服もかもちゃんチョイスで、シンプルなグレーのワンピースを身につける。
「え、これ、スリット入ってるじゃん!」
「まあまあまあ」
「太もっ…太ももが見えちゃう!」
「オープンに行こ」
「行かない行かない!」
黒スキニーは、死守した。学校と違い、スカートの下にジャージを履いちゃいけない規則がないからだ。ホッとしたのも束の間、ヒールを履かされそうになったけど、足が痛くなるからと断った。影武者には、必要ないものだ。
また、櫛を通しただけの髪や割れた前髪もセットされた。
かもちゃんの手で魔法をかけられた私は、大変身を遂げていた。貝殻のような全身鏡に映った自分は、別人だった。
「……」
言葉を失った私に、カモちゃんが得意げに笑う。さらに、手の上にイヤリングやネックレスも乗せられ、無言の圧をかけられた。
「いやいや…瀬尾だけならまだしも川原にも会うのに」
「何か言ってきたら、あたしがやる」
拳を握りながら言うかもちゃんに、吹き出した。普段、言わなそうなセリフだったけど、今の私はかもちゃんが仕上げた作品だと考えれば言いたくなる気持ちもわかる。
私に何か言うということは、かもちゃんにケチをつけるになるからだ。
「ツッキー、綺麗だよ」
「かもちゃんのおかげだよ」
私には、もったいないプレゼントだった。私にかけてくれた時間とその気持ちに、自然と笑みが溢れた。
ーーピンポーン
友情を深めていたところを音が遮った。かもちゃんがハッとして立ち上がり、リビングに向かっていった。
川原は現地にいるだろうから…消去法で瀬尾だろうか。ついに、瀬尾に、この姿を見られるのか。かもちゃん作だから変なところはないだろうけど…非常に恥ずかしいし、落ち着かない。
うろうろする私の耳に「瀬尾くん来ました〜」という、かもちゃんの声が聞こえた。顔が熱くなってきて、緊張で息が苦しい。
意識を他に奪われていたため、足の小指をテーブルの脚にぶつけた。声にならない叫びを上げ、しゃがみ込む。
「ツッキー? 準備でき……何してるの?」
「考える人のポーズ」
「頭がおかしくなったのね」
哀れみの目で見てくるかもちゃんに追われながら、足の痛みに耐え、私物をまとめた。かもちゃん曰く、玄関前で待っているらしい瀬尾。
ただのクラスメイトに会うだけなのに、こんなに緊張をするのはなぜだろう。まるで、中学校の三者面談にお姉ちゃんが来てくれて、私の様子を先生に話す時みたいな感じだ。
お姉ちゃんに、瀬尾に、どう思われるか不安なのだ。
「か…かもちゃん」
「なーに?」
「かもちゃん…」
「なによ、ツッキー。大丈夫だって!」
私の様子がおかしいのか、ケラケラ笑うかもちゃんの服を掴みながら、玄関に向かう。扉の隙間から光が差し込み、大きくなって、その先に瀬尾がいて、温かな眼差しを私たちに注いでいた。
グレーのシャツと黒のスキニー、足元はレザーシューズでシンプルだけど靴下はカラフルで爽やかで洗練されていて…カッコよかった。
恥ずかしかったはずが、瀬尾から目を離せない。
「……」
「……」
私と瀬尾はお互いを見つめ、かもちゃんはそれを見てにんまりしている。実際にはないけど、かもちゃんの手にどっきり大成功の看板を持っているような表情だ。
「月奈…」
「瀬尾…」
初デートの男女のような初々しさに、こそばゆさを感じる。この状況に、どうしたらいいのか分からない。
瀬尾が私に一歩近づき、手を伸ばす。私のさらさらの短い髪を耳にかけ、囁いた。
「可愛いよ、月奈」