影武者として 10
家に着くと、さっそく一欠片の希望を掴んだあいつからメッセージが来ていた。
「本当に助けてくれるんですか?」
「君は囮だよ、っと」
軽快に笑いながら返信をした。情報を話したあいつを狙いに来た偽陣東らが、待ち構えていたSuiと抗争して潰し合ってくれたら一石二鳥だ。
私はバックグラウンドアプリを閉じ、電話アプリを開く。キーパッドに警察相談専用電話の番号を入力し、相手の応答を待った。
「あ、相談があって電話したんですけど」
電話を終えたスマホの画面に村坂《鬼》からのメッセージが来ていた。今日はなし、といったドタキャンだった。
気分屋かよと思ったけど、ホッとした。呪縛から解放されたと思い、スキップを始め、足を止める。
これは、飽きる前触れなのではないか。一回体を許せば態度が激変するやつもいると聞く…あ、村坂は初めから、最低なやつだった。
「月奈、これを瀬尾くんに渡してくれる? 借りたから返さないと」
お風呂上がりに、お姉ちゃんに差し出されたのはポータブル充電器のような黒い四角い物だった。
「分かりました」
そのままソファに移動し、忘れないように太ももに置いた。既にソファに身を沈め、髪があちこちに跳ねて乱れている天宇が注視する。
「臭いやつの?」
「違うよ」
「何それ?」
「さぁ?」
「ふーん。明日渡すやつ?」
「うん」
「……」
「なに?」
「は? 話しかけんな」
「話しかけて欲しそうな顔だったじゃん…」
「勝手に勘違いしてんなよ」
「はいはい。さーせん」
面倒なやつは放置し、スマホで男を興奮させるコスプレを調べる。ナースやメイド、スクール水着、ミニスカポリス、バニーガールなど比較的露出が高そうな物が出てきた。
次に下着を調べると、柄が華やかな物や面積の少ない物が出てくる。こういうもので、興奮するのだろうか。
「ねぇ、天宇」
「っんだよ」
「これ、どう思う?」
透視パンツの穴あきエレガントTバックの画像を見せた。数秒眺めた後、「なにこれ?髪飾り?」と期待外れな返答をした。
「ああ…なんでもない」
「人に聞いといて、その態度はなんだよ?」
気を取り直して、男を悶えさせるやり方を調べていると、画面見られた。
「な…なにを調べて……」
動揺する天宇。こんな姿をあまり見ないから、悪戯心が湧いてきた。
天宇の肩に手を置いて、顔を近づかせ誘うように言う。
「練習させて?」
その後、散々怒られた。冗談じゃんか。
ーーー…
「お姉ちゃん、行ってきます」
「いってらっしゃい。夕方、Suiと話し合うことを忘れないで」
「はい」
大量の荷物を背負い、大きめのパーカーと黒のスキニー、黒のスニーカーというラフな格好で出かけた。
万が一、お姉ちゃんに何かあった際には戻れるように、ウィッグやお姉ちゃんが着るような服も入っている。スマホのチェックも、欠かさないようにしよう。
今日は、川原のバスケの試合だ。試合はお昼にあり、その前にかもちゃん家に集合することになった。
会場に向かう時間を除いても、二時間ぐらいあるのに何をするんだろうと思ったけど、かもちゃんがどうしてもと言うので足を運ぶ。
カモちゃん家は電車で三駅、そこから徒歩十分の場所にあった。車の通りが多い、道路のすぐそばの綺麗なマンションの一室で、清掃が行き届き、防犯対策もされているため家賃も結構するだろう。
通ってきた道に、スーパーや病院や郵便局など便利で住みやすそうなところだった。
事前に言われた部屋番号を鳴らすと、かもちゃんの声で返事があり、自動ドアが開く。エレベーターで上がり、部屋の前のインターフォンを押そうとするとガチャッと扉が開いた。
「いらっしゃ〜い!」
マイナスイオンが流れているのか、一瞬で癒される。そして、カモちゃんのおしゃれさに再び癒された。
くるっとした前髪にふわふわの髪、白の花柄ブラウスにデニム風ミニワンピースで、いつも以上にかもちゃんの魅力が表現されていた。
かわいい、そして、綺麗。私が男だったら、その可愛さに抱きしめたい気持ちと汚したくない気持ちで、葛藤するかもしれない。
制服もいいけど、私服だといろんなバリエーションがあるので、ガラッと雰囲気が変わるものだ。
「迷わなかった?」
「うん。一本道だったし、分かりやすかったよ」
「そっか、よかった。そういえば、ツッキーと遊ぶのは初めてだよね」
「そうだね。学校で毎日会ってるから、休日まで遊ぼうってならないよね」
雑談をしながら部屋に通してもらうと、シンプルで開放的なリビングが広がっていた。白や黒やダークブラウンなど高級感がありつつ落ち着く空間で、かもちゃんがここで生活していることをイメージするのは簡単だった。
両親は、仕事でいないらしい。「だから、楽にして!」と言われつつリビングを素通りし、奥の部屋に入ると、また別の空間が広がっていた。
「うわ〜すごい!」
ピンクや白を基調としたラブリーな部屋で、木とガラスのショーケースには自作のあみぐるみがたくさん飾られていた。本棚には、料理本や雑誌、恋愛小説などが並ぶ。
かもちゃんの好きな物で溢れた部屋で、かもちゃんの世界に飛び込んだような気分だった。
「飲み物持ってくるから、適当に座ってて」