影武者として 8
「八紘が相手をしてくれるからって、あたしたちが黙ってると思わないで」
薄々、村坂絡みだろうとは思っていた。でも。
「あんたなんか、八紘を満足させられないわよ。私なんて、毎回三回戦はするわ」
村坂に、こんないい女が寄ってくることは確かなことだ。しかも、リピーターだ。あんな自分勝手で乱暴な扱いをされるのに、なぜだろう。もしかして、私だけそういう対応をしているのだろうか。試している?試されている?
私にとってはあんな男でも、この人にとっては奪われたくない、独り占めしたいくらいの価値のある男なんだろうな。そうでなければ、ここまで感情を露わにしないだろう。
もしかしたら、この人は村坂のことが好きなのかもしれない。
「そんな顔をしないで下さい。顔も体も私の方が劣ってるのに、なんでそんな焦ってらっしゃるんですか?」
「焦ってなんかっ…!」
「大丈夫。あなたは、お綺麗です。村坂が私を選ぶわけない。それに、三回戦もするなら、村坂とも相性がいいのでしょう」
「じゃあ、八紘の前から消えてくれる?」
「それはできません」
「はあ? なによそれ」
「でも」
「……」
「私とあいつは相性が悪いしすぐ捨てられます。あいつが選ぶのは、あなたです。捨てられた私をざまあみろと見下すまで、少し待ってくれませんか? そして、実感して下さい。自分の価値を」
「……」
「私は、一時的な洞穴です。雨が止んだら、あいつは出ていきます」
「言い方、うける!」
話してみると、いい人だった。物分かりがいいし、いろんな知識がありそうな人。二年生なので、先輩にあたる。村坂の人気は、一学年ではなく、学校全体であるらしい。
「八紘って上手いじゃん? ワンナイトのつもりが、もう二年くらいになるわ。八紘じゃなきゃ満足できないくらい? かな。懐柔しようとして、懐柔されちゃった。自分でもびっくり」
いい女たちを虜にした、あいつは何者なのだろう。
先輩と別れ、水波さんらが取り巻く村坂を目にする。気づかれないように、忍足で自分の教室に近づくはずだったが、ブレザーの裾を掴まれる。細い手を辿ると、ふわふわのピンクがかった髪の中央に可愛らしい顔つきの微笑みがあった。
「おはよ」
「…おはようございます」
見つかってしまったと思いつつ顔を上げると、やつと目が合った。昨日の今日で恥ずかしく、惨めで、すぐ逸らす。
水波さんの手を剥がすと、背を向ける。
「今日も来い」
「分かった」
低い声がかかり、振り向きもせず答え、教室に入った。
教室には、他クラスなのに入り浸っている瀬尾とお姉ちゃんが談笑していた。
「あっ…あっ…ツッキー! あの…あのね」
かもちゃんが、狼狽えることは何もない。瀬尾とお姉ちゃんの仲がいいことは、良いことだ。
お姉ちゃんが口に手を当てて笑っていたり、瀬尾に小突いたりしている。これが、普通だ。瀬尾といれば、普通の幸せが手に入る。
『Suiがいるから今のあたしなの!』
なのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
『…陣東が別人だった。素通りされた』
まずは、これを片付けなきゃいけない。陣東を問い詰める。
ーーー…
「陣東」
自分の席に座り、かけていなかった眼鏡をかけ、開いているのは難しそうな本だった。文字を追いかける目は止まらず、私の声も姿も届かない透明人間のような扱いを受ける。
確かに、お姉ちゃんに馴れ馴れしくしていた陣東とは雰囲気や性格が違う。外見の細かいところはまじまじと見ていなかったため、私には分からなかったが。
イラっとした私は、壁のような役割を持つ分厚い本を掻っ攫う。すんなり、手から離れた本物の陣東にとって大切なアイテムから伸びるしおり紐と一欠片の希望をページに挟んでから、世界を閉じた。
「なにすんっ……あ」
私を視界に入れると、青ざめ怯える。思い当たることでもあるのだろうか、陣東さん。
「ちょっとトイレに「ここでチビりたくなければ、大人しくしろ?」」
「…はい」