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影武者として 7

 そんな私はセットアップのコーディネートで、黒の長袖に茶色のベストと細身のズボンでカジュアルにした。嫌がらせにジャージで行ってやろうと思ったが、萎えられてお姉ちゃんを狙われたらたまったもんじゃないと思い直した。これだけ綺麗にしていれば、文句はないはず。


「む…村坂…」


 声が詰まった。サングラスをずらした村坂と目が合って、私は視線を外す。そわそわとした気持ちで村坂の言動を待った。


「…まあまあだな。行くぞ」


 合格らしい。スタスタと慣れたように歩く村坂の後を追った。


 このラブホテルは、ビジネスホテルのようなシンプルで高級感のある外装だけど、中は怪しげな光で包まれ大きなタッチパネルがあるところがラブホテル特有の雰囲気があった。

 雰囲気に呑まれている間に、村坂の姿が小さくなっていく。部屋を選び、鍵を手にし、部屋に向かっていったらしい。


 そうして、初めてのラブホテルという緊張感やこれから味わう恐怖や痛み、行為後の体調の不安など、余裕がなくなるくらいの感情を抱えながら村坂にベッドへ突き飛ばされた。仮面を装着すると共に感情を殺し、奴隷の役目を果たした。


 自信満々のテクニックは痛みしか生まず、欲をただぶつけるように自己中心的に行為を終えた村坂。私は臭いに耐え、苦しさや屈辱に耐え、痛みに耐えた。

 「土偶どぐうかよ」という嘲笑ちょうしょうもしてきた村坂に「土偶は、縄文時代に豊作や子孫繁栄を願って作られたもので、簡単に貶していいものではない」と言うと「お前を貶してんだよ」と返された場面もあった。


 その時間は拷問のようで、時間が早く過ぎることを、強く強く願った。最悪な経験が、また増えたのだ。私たちは、性格だけでなく体の相性も悪いらしい。

 ヤることを終えた村坂は、私に目を向けることもなくティッシュの箱を投げつけてきて、シャワーへと消えた。


九天応元雷声普化天尊きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん!」


 縁切りの呪文を唱え、床に散らばった下着を素早く身につけた。



 ヒリヒリとした痛みは歩くと響くため、のそのそと病院を目指す。アフターピルを服用するためだ。七十四時間以内に飲めば、八十パーセントと高い避妊率らしい。

 アフターピルは、事前に飲んでも意味はない。事前に飲む場合は、低容量ピルというものを一年ぐらい継続して飲むと、九十パーセント以上の避妊率らしい。ただ、事後にアフターピルではなく低容量ピルを飲むことは、その代わりにならないようだ。


 女性には、様々なリスクが伴う。性交痛も約七割の人が感じたことがあるようだし、アフターピルに頭痛や吐き気などの副作用もある、アフターピルを服用後は避妊できたかに関わらず不正出血(強制的な生理)が起こるし、避妊ができたか確認が必要である。

 これから行く病院の受診料や保険の効かないアフターピル代もそうだ。ホテル代も合わせたら一万円札が、二枚は確実になくなるだろう。


 病院では、お腹の大きな人がほとんどで、新しい命を大切に守っている中で私だけ望んでいないことは場違いな気がして、居心地が悪かった。



 薬を服用し、帰宅する。玄関でばったり天宇と遭遇し、眉をひそめたと思ったら、リビングから何かを手にしてきた。それを私に目掛けて噴射ふんしゃした。


「え……」


 細かい粒子が顔に付着し、辺りには爽やかな匂いが充満する。天宇の手には消臭スプレーが握られ、「くっさ。近寄んな」と吐いて二階に引っ込んでいった。村坂のキツい匂いが、私に移ったのかもしれない。


「えー……」


 私は、目をぱちくりするしかできなかった。



ーーー…



「淡成月奈ああぁぁ!」


 学校の廊下で「鳥が集団で空を飛んでるね」とのほほんとした話をしながらお姉ちゃんと並んで歩いていると、おでこをオープンにして髪は風に流され目をいていた女二人が一直線に向かってくる。

 あまりの恐ろしさにたじろいでいると、その隙に囚われた宇宙人のようにに連れて行かれる。身長が同じくらいの生徒に腕を掴まれ引きずられているため上履きのかかとと床の摩擦で火がつきそうだった。


「お姉ちゃんんん!」


 私が遠ざかっているため小さくなっていくお姉ちゃんに、愛おしい人と引き裂かれる悲しみや苦しさを知り、同時に私を拉致らちしたやつらに煮えたぎるような怒りと憎しみが湧く。というのは冗談で、本当は頭突きすれば相手は私を解放するだろうけど、そうしなかった。


「身の程を知りなさい」


 草がぼうぼうの倉庫裏に投げ捨てられると、美しくメリハリボディな三人に逃げ場を奪われる。私を連れてきた二人は、楽しそうに雑談をしながら帰っていき、仕事を終えたことが分かる。

 地面にお尻をついている私と立っている彼女らの構図、一対三なことに圧を感じるが、何よりもその表情が私を睨み殺す勢いで苦笑いをした。特に、このグループのボスっぽい人が。

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