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影武者として 6

 どこにでもいそうな顔で、どちらかというと優しい印象を持つ人の方が多いかもしれない。この人と殺人は、結びつかない気がした。

 でも、人は外見だけで判断できない。豹変する人もいる。


 私は検索画面で“野荒 相”と“殺人”を入力する。ずらっと検索結果が表示され、スクロールをし、ある記事を発見した。



ーー八年前、野荒のあら喜四郎きしろう(40)が殺害された。自宅で血まみれになっているところを交際相手に発見された。凶器は刃物で、複数の刺し傷が確認されている。息子の野荒のあらたすく(20)の行方が分からなくなっている。殺人の罪で被疑者野荒相を指名手配し、現在も行方を捜査している。



 もし、この人が私たちの知っているSuiだとしたら…お姉ちゃんの婚約者は殺人犯だったということ?その殺人犯が、学校や家事の様子を監視し、淡成家の両親の失踪になんらかの形で関わっている?そして、自分が殺人犯のせいでお姉ちゃんを危険に晒し、私という影武者を用意したと?お姉ちゃんはそれを知っているのか?


 お風呂上がりで半袖短パン姿のお姉ちゃんは、顔パックをして脚を組んで座っていた。天宇は、自室にいるみたいで不在だった。

 私は、広げられた雑誌の上に指名手配の画面を表示させたスマートフォンを置く。大きな黒目が、スマートフォンに向いた。


「これ、Suiだよね?」

「………」


 一度私はスマートフォンを手に取り、事件の記事を映して、再び雑誌の上に置いた。


「この事件で、人を殺した」


 お姉ちゃんは、組んでいた脚を元に戻し、顔パックを外した。卵肌のように、ツルツルピカピカの白い肌についた栄養を両手で閉じ込める。乾いた髪をまとめるヘアクリップが揺れる。


「そうだよ」


 表情を変えず、あっさり認めた。「お姉ちゃんってモテるよね」と言った私に「そうだよ」と答えるように、当たり前のことのように言う。

 私のしている話は、ただの世間話ではない。人が死んでいるのだ。


「淡成家の両親は、なんで出ていったきりなの?」

「知らないなら、教えない」

「事件とここの住所が途中まで一致してる。ここの近所で事件が起き、被害者と淡成の父の年齢も近い。交流があったのでは? 本当は…死んでるの?」

「生きてるよ」


 淡々と答えるお姉ちゃんは、ロボットみたいだった。感情をどこかに置いてきたように思えた。

 話の途中でも鏡を見ながら、美容液や部分ケアを顔に乗せていく。吸い取る肌は、乾いた砂漠のような吸収力だった。


「なんで、殺人犯と一緒にいるの? 許嫁だから? 脅されてるの? 両親を人質に取られてるの?」

「月奈に関係ない。ただ、黙ってあたしを守ってればいい」

「そういうわけにはいかない。Suiと話をさせて」

「ダメ」

「話せなきゃ、通報する」

「……」


 綺麗な瞳が、初めて私を見た。


「学校やこの家に、痕跡があるかもしれない。お姉ちゃんと連絡を取っていることも言う。Suiがいなければ、お姉ちゃんは自由だよ」

「Suiがいるから、今のあたしなの!」

「どういうこと?」

「Suiが殺人を犯したのはあたしのせいなの! あたしを守るために罪を背負ったの! 両親の件も…。あたしのせいでSuiは殺し屋として生きるしかなくなったの。あたしはSuiの人生を奪ったの」


 目に涙が浮かび、ロボットだったお姉ちゃんの悲痛の叫びだった。自分を責め、苦しんでいた。


「殺し屋?」

「…陣東じんどうが別人だった。素通りされた。もう学校であんなことは起きない」

「危険なのは学校だけじゃない。Suiと話をさせて」

「伝えとく」


 仮にお姉ちゃんを守るためであったとしても、今、Suiのせいでお姉ちゃんの命が脅かされてるのは事実だ。

 やはりSuiではなく瀬尾の方が…瀬尾がお姉ちゃんに近づいたら、Suiに消されるということはさすがにないよね?


 ポケットに入れたスマートフォンが震える。取り出して確認すると、村坂《鬼》からメッセージが来ていた。


「今すぐホテルに来い」


 メッセージと共に、ホテルの場所のURLが貼り付けられていた。


 中学校の時、性行為に興味がある男女が人目もはばからず、興奮した様子で話をしていたことがあった。その話はただ刺激を求め、欲を満たすためだけのように思え、私はあまり好きではなかった。

 それに、性行為の先には新しい生命がどうなるかという重大な問題があり、命を軽く扱っているようで、私はそういう行為は覚悟をしてしようと決めていた。


 だけど、私は村坂とこれからその行為をする。薬によって、新しい命は意図的に阻止される。昔したくなかったことを、今の自分がする。昔、無理矢理されたことを今から自分の足で向い、されにいく。


 想像するだけで、震える手足。増える、ため息。与えられる、不快感や痛み。感情を殺し、肉体を捧げるのだ。



 私服の村坂が、ラブホテルの前でスマートフォンをいじりながら壁にもたれ掛かっていた。ラブホテルですることが分かっている人からみたら、「ああこいつはこれから女と会ってヤるんだな」と思われているのに、なぜあんなに堂々としているのだろう。


 むしろ、雑誌の撮影かと思うくらい決まっている。ウルウニヘアに合わせたような、パンクロックファッションだった。全身黒だけど、革ジャンやウォレットチェーン、ブレスレットにはトゲトゲが施されている。

 かっこいいが近寄り難い雰囲気があるため、誰も寄っていかなかった。

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