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影武者として 5

 微笑むと腕が解放されたので、目的地の美術準備室へ向かうため、一度下駄箱に行く。濡れたブレザーとローファーを脱ぎ、上履きを履いた。靴下はズボンとローファーに守られ、濡れなかったらしい。ズボンのポケットからハンカチを取り、髪の水分を吸収させてから学校へ上がった。


 たむろってるヤンキーが絡んできたり、通りすがりの人たちにじろじろと見られたが、何食わぬ顔で廊下を進んだ。


 美術準備室のむわっとした空気と埃っぽさを感じながら、念の為用意していた変装用の制服を取り出す。ブレザーにスカートにワイシャツに黒の短めの丈の靴下。ウイッグ以外を手に取り、着替え直した。


 膝上のスカートは、スースーして落ち着かない。水着の上に着ていたパーカーを脱いだ時のような気持ちだった。

 見えている範囲の肌に痣や傷がないか確認し、膝と太ももに痣があったのでコンシーラーで消した。ムダ毛処理は、こういう時のためにしてある。


 髪がまだ濡れているしスカート姿を見られるのは最小限にしたいため、ぎりぎりまでここにとどまった。



 美術準備室から教室までの間は周りの女子に紛れていたため、それほど注目されなかった。ただ、教室に着いて当たり前のように教室にいる瀬尾と眉毛を下げたかもちゃんが私を見て大きな声を上げたことで羞恥の念にかられた。


 月奈として、スカートを履くことは恥ずかしくてたまらない。


「トイレでマシュマロを出してるんだよね」

「幻想抱くな。私はアイドルじゃない」


 瀬尾のくだらない冗談を冷静に対処する、かもちゃんが理由を知りたがったので簡単に話すと、そういえば…ととある出来事を想起し出した。


「私が三股?」

「うん。村坂くんとは奴隷として、川原くんとは昨日の告白で、瀬尾くんとはよく一緒にいるところを見かけるっていうので三股してるって噂があるみたい。隣のクラスの子から聞いたんだ」

「そうなんだ」

「だから…それを聞いた子がしたことなんじゃゃないかな」


 もしかしたら、今朝お姉ちゃんが突き飛ばされたのもそのせいなのかも。お姉ちゃんを庇って、私が助けることを見越して。全部…私のせいなんだな。


「ちょっと待って! 昨日の告白って?」


 瀬尾が、早口で答えを急かす。かもちゃんはにやりとし、簡潔に答えた。


「ツッキーが川原くんに告白に見せかけた助言をしてたの」

「助言…? なんでそんなことを?」

「あたしの…ためかな? 瀬尾くんは?」

「え?」

「ツッキーに告白。しないの?」

「今じゃない気がする。今日、やらかしちゃったし」

「そっか。タイミングって大事だもんね」


 落ち込んでいる私をよそに、そんな話を二人がしていた。



 帰宅の為、お姉ちゃんと肩を並べて下駄箱までの道を歩いていると、ズボンを履いていた時には向けられなかった視線を感じる。値踏みするような、不快な視線だった。男は性的な視線、女は嫉妬の視線だった。

 ズボンかスカートの違いなのに、周りの目は変わる。久々にこの感覚を味わったな。


 下駄箱を出ると、吹き荒れる風にスカートが捕まった。あっという間に露出の範囲が広くなるけど、気にせずお姉ちゃんのスカートを守った。

 後ろから追い抜いた男子が小声で「黒パンかよ」と吐いていく。私は、パンチラ対策に黒パンを着用している。戦闘になった時に、スカートの中なんて気にしていられないからだ。



 お姉ちゃんを無事に送り届けた後、私は買い物に出かけた。壁にかけられた、たくさんの種類の変装アイテムが並んでいる。仮面やウェッグ、制服…怪しげなお店だけど品揃えが豊富だし会員だけが入れる、安心なショップなのだ。


 私のように、何かしらの事情がある特殊な人間はここを訪れる。ここに出入りする姿を目撃される可能性はあるけど、オンラインショップや配送で場所が特定されるよりは安全だろう。


 何をしにきたかというと、仮面を買いに来た。村坂の相手をする際に付ける用の仮面だ。ブスブス言われるのであった方がいいと思った。


 以前、ショッピングモールですれ違ったチャラ男集団が「ブスでも顔を見なきゃ抱ける」とゲラゲラ笑っていた話を思い出した。自分の顔を、周りの人間に隠せるのが仮面のいいところだ。


 黒い仮面を手に取ろうとして、ハッとする。Suiが仮面をつけている理由は…同じ理由だろうか。

 私の認識としては、淡成の両親をはじめ、あちこちに脅迫や窃盗などをしていてバレたくないのかと思っていた。


でも改めて考えてみると、脅迫や窃盗されたからといって相手がお姉ちゃんを殺しにくるか?お姉ちゃんを守ろうと、影武者を用意するか?Suiはどこかから恨みを買い狙われていて、それにお姉ちゃんは巻き込まれている?または…仕返しをされている?


 命を賭けた戦いをしているのかもしれない。



 帰宅した私は最悪の事態を想定し、警察庁の指名手配のページを閲覧していた。逮捕状が出ている被疑者を、ネットで調べることもできる。都道府県警察の指名手配のページに飛び、該当ページを開くと顔写真と情報が一覧になっていた。


 震える手、息苦しさを感じ、口の中が乾いた。汗でスマートフォンが滑り、何度も持ちなおす。


 特徴を見ていると、事件現場とされる住所が区まで表示されているが、この家の区までの住所と一致した人物がいた。


 “野荒のあら たすく

 写真の下には“殺人”と書かれていた。

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