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影武者として 4

 言葉を発しないことに疑問を抱いたかもちゃんに、瀬尾が説明をする。痛いところがないかと言って私の周りをあちこち動く姿が、申し訳ないけど蚊のように思えてしまい、笑みが溢れる。愛おしい蚊は、この世に一()だけだ。


 席につき、椅子に両足を抱えて座る。机の中に白いメモ紙が入っていた。かもちゃんも瀬尾も興味を示して、覗き込んでくる。内容はラブレターのようなもので、差出人不明だった。


「“あなたのことをずっと見てました。話があるのでお昼休みにグラウンドで待ってます。来るまで待ってます。”」

「すごーい、ツッキー。モテモテだね」

「…行くの? 月奈」


 私を呼び出し、その隙にお姉ちゃんを狙う罠じゃないだろうな?


 紙を持ったまま、しばらく悩んだ。答えが出ず、チャイムがなり次の授業が始まった。そして、授業中に思った。お姉ちゃんを突き飛ばしたのは、誰だったのだろうと。



ーーー…


「いいって言ってるのに。なんで瀬尾がついてくるの?」


 グラウンドまでの道のりを金魚のふんのように付き従う。昼休みで、自動販売機や購買に用がある人に交ざり下駄箱に向かう。せかせかと動き回る人々に対し、私たちは冷静に落ち着き払っていた。どんなことがあっても対処できるよう、周りを見て、状況の判断をし、正しい判断をする。


 今日は、ずっと厚い雲に覆われている。グレーの空に私の気持ちを重ね、共感され見守られてるような気持ちになった。

 立体的に広がる、白と黒の中間色。どちらにもなれない、中途半端な私。せめて、何者かになれたら。


 グラウンドは広い。野球やサッカーの試合にも使われ、行事の際には駐車場にもなる。風塵ふうじんにより視界が遮られ、目を細めた。ここから見渡しても、人の気配は感じられない。


「俺、あっちから一周してくるから、月奈は反対方向に一周してきてよ。影に隠れて待ってたら見つけられるかもしれないし、見つける時間の短縮にもなるかもしれないからさ」


 そう告げて、グラウンドを反時計回りし出した瀬尾。私は瀬尾に従い、時計回りをした。


 さらさらとした砂の上をローファーで歩く。黒色に砂が付いて、一部がシミみたいな茶色を残す。端のコンクリートには、ありが小さな歩幅で繰り返し歩くことで前進しようとしている。鉢に植えられた鮮やかな花が、日向ぼっこしているところにひらひらと蝶々が飛んでいた。私の目では見えないけど、保護色を使い、その姿を周りの背景に似せて捕食者から身を守っている虫もいるかもしれない。


 しばらく歩いていると、どこからか木の枝がポキッと折れる音が響く。人を探すも、見当たらなかった。


 瀬尾と再び出会った時、ダブルチェックになるからと瀬尾が歩いてきたところを私が辿った。結局誰もおらず、瀬尾と元の位置で再会しようという時、空から水飛沫みずしぶきが飛んできた。


「月奈!」


 遊園地のアトラクションで、水にジェットコースターが突っ込んだ時のような水飛沫みすしぶきだった。上から覆い被され、逃げ道をなくし、恐怖や諦めを感じた。

 目を固く閉じ、受け入れるしかなかった私は水の冷たさや髪や制服が水を吸収し、重くなる感覚を味わう。ぽたぽたとしたたり、前髪から落ちた雫は瞼から頬、顎へと伝った。


 瀬尾は水が飛んできた位置へ走り、隠れていた女の腕を掴み、引きずり出した。見覚えのない顔だったけど、私を水浸しにしたということは私に恨みを抱いているに違いない。


「離せよっ! あたしはこいつに天罰を下しただけだ!」


 必死に抵抗している女は、私を睨みつける。その目から怒りや憎しみ、不満、嫌悪…負の感情を察することができる。

 その感情が強くなり、支配され、私にぶつけることになったのだろう。そこまで感じさせてしまったことに、責任を感じる。そういう意味では、私も加害者なのかもしれない。


「なんでこんなことをした!」


 瀬尾の怒鳴り声を初めて聞いた。なんで、瀬尾がそんなに怒ってるの?瀬尾がされたわけじゃないのに。


「ムカつくんだよ! この世から消えろ!」


 興奮状態からなのか、言いたくないからなのか、彼女から理由が話されることはなかった。水かけられたし制服もダメにされたけど、彼女を解放することにした。


「本当に良かったの?」

「うん。いいの。誰しも、一定数嫌われてしまうし」

「二対六対二の法則だね」

「泥水とか、変な液体とか、ダメージになるものじゃなくてまだ良かったよ 」


 手のひらの水滴を見つめながら、笑って言った。


 以前、私はこう思った。


『コーヒーの中身は私が飲み、空いた容器に泥水を流し込み、村坂が口の中をジャリジャリさせるのをゲラゲラ笑ってやればよかった。そして、歯の隙間に細かいカスが詰まる展開、泥パックで歯が着色する展開に発展すれば少しは気持ちが晴れるのに。』


 私だったら、泥水でやってたかもしれない。それに比べ、彼女は配慮してくれたのかもしれない。私がそうさせてしまっただけで、本当は優しい人なのかもしれない。

 私を狙ったところを見ると村坂派の人で、私が村坂に接近し、不快に思った可能性がある。


「少しでも、すっきりしたのであれば良かった」

「……」

「瀬尾、付き合ってくれてありがとうね」


 なにかを思案し、難しい表情をしている瀬尾。今、濡れててみっともない格好だからかな。早く着替えようっと。


「着替えるから、先に戻るね」


 重い体を運ぶ。動くたび、水が四方八方に飛び、軌跡きせきを残す。数歩進むと、腕が引かれた。


「昨日、武器がないって話してたよね」

「うん」

「自分に合わないことをして、無理してるってことじゃないの?」

「……」

「なにを無理してるの?」

「無理なんじゃなくて、自分が未熟なだけ」

「…俺にできることはある?」

「お姉ちゃんのことを気にかけて欲しい」

「あとは?」

「それだけ」

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